どのくらいの間、気を失っていたのだろう。気がつくと、俺たち2人は縄で椅子に縛り付けられていた。森紳一郎博士は既に目を覚ましていた。俺のほうを心配そうな顔して見ている。周りを見回したが、ナメクジたちはおらず、あの奇妙な機械もない。夢でも見ていたのだろうか? さっきの会議と同じように丸テーブルがあり、覆面をした人間が6人、俺たちの前にいた。
「やあ、目が覚めたかね?」
6人のうちの1人が俺に話しかけた。聴き慣れたいつもの声だ。
「これはいったい、どういうことだ?」
俺はきつい口調で問いつめた。
「教えてやろう」と言うやいなや、6人は覆面を取った。
予想通り、6人全員、巨大なナメクジだった。ナメクジが服を着て覆面を被っていたのだ。頭には角が4本生えている。ナメクジの角は2本とばかり思っていたが、大きな2本の角の下に小さな角が2本あるのだ。4本の角は常にひくひくと動いている。体全体、ぬめぬめした粘り気のある皮膚に覆われている感じで、不気味と言う他はない。見ているだけで吐き気を催しそうだ。
ナメクジは、4本の角をひくひくさせながら言った。
「今まで我々が会議で言ったことは、すべてほんとうだ。我々は、なめなめせいという星からテレポートして地球にやってきたのだ。なめなめせいは乾期と湿期があって、乾期になると、わしらは住むことができなくなる。気温が下がって、塩の雪が降るんだ。塩雪に当たって溶けていった仲間は数知れん。何とかせにゃいかんと思って色々調べたら、地球は場所と季節によっては湿気が高く、我々が住むには絶好の環境だということが解った。だから、その時期はテレポートして、みんな地球にやってくるのだ。で、なめなめせいの乾期が終わる頃、またテレポートしてなめなめせいに帰るのだ」
「信じられないが、今のおまえらの姿も信じられないので、信じられない×信じられない=超信じるしかないのかもしれん」
「ぬらぬらぬふぬふ」
「何のために会議など開いているんだ?」
「我々は地球人よりも高等な生物で、いろんな超能力を身に付けておる。だが、我々はタイムワープだけはできないのだ」
「ひょっとすると、隣りにいる人はタイムワープの研究者なのか?」
「そうだ。察しがいいな。森紳一郎博士はタイムワープ研究の第一人者だ。我々は森博士と契約を交わしたのだ。タイムワープに関する研究費を我々が出資する代わりに、その技術を完成させ、我々に譲るというな。そして、さきほど完成した」
「こいつらナメクジどもに騙されたんだ。タイムワープできる機械が完成したので、『約束通り、研究費をくれ』と言ったら、『解った。ビール1,000本渡そう』と抜かすんだ」
森博士は激怒している。
「なめなめせいでは貨幣は流通していないのだ。好物のビールが貨幣の代わりに使われている。我々の流儀に従ってもらいたい。そう説明すると、森博士は暴れ出したので、縄で縛ったというわけだ。言うに事欠いて、『塩の雨を降らしてやる!』とか喚くし……、トリトンくん、どう思う?」
「契約書はあるんですか?」
俺は森博士に聞いた。
「学者はそのへん詰めが甘いと言われるんだが、口頭契約なんだ。私が人差し指を立てて『これでどうだ?』と言ったら、こいつらはOKした。私たち科学者の世界では指1本立てると1億円ということだが、なめなめせいでは、ビール1,000本のことらしいんだ」
そういえば、ナメクジはビールが大好きだ。ペットボトルに飲みかけのビールとナメクジ駆除剤を一緒に入れ、夜、やつらの出没しそうなじめじめした場所に置いておくと、翌朝にはイカの塩辛みたいになったナメクジの溺死体がたくさん浮いているらしい。
「ばかばかしい……」
俺は早く帰りたくなった。つき合いきれん……。
「ところで、タイムワープしてどうするんだ?」
「我々は25年前に戻りたいのだ」
「それでさっき、その実験していたんだな」
「その通りだ。ここいらいったい、25年前に戻ってしまったが、そのあと、トリトンくんが気を失っている間に実験は完全に成功した」
「森博士をどうするつもりだ?」
「記憶を消すだけだ」
「俺はどうなるんだ?」
「ぬらぬらぬふぬふ、まあ、そう焦るな。じっくり説明してやろう」
「我々はマダラコウラ・ナメクジという種族なのだ。日本では外来種と呼ばれ、2006年に日本で初めて発見されたということになっとるが、実は25年前から日本にいたのだ」
「ナメクジの種類なんてどうでもいいよ。ナメクジはナメクジだろう」
「なめなめ、そういうわけにはいかん。我々は他のナメクジに比べると大きいし、マダラ模様が背中にあって気持ち悪いと人間からは嫌われておる」
「だからぁ、ナメクジはどんな種類でも気持ち悪いんだって」
「我々はなめなめせいで昔からいる高等種族なのだ。ほら、ここにコウラの跡があるだろう?」
ナメクジは背中を見せた。たしかにコウラの跡らしきものが残っている。
「ひょっとすると、ナメクジはカメから別れたのか?」
「いや違う。カタツムリだ。人間は巻貝を背中に乗せたカタツムリは可愛いと言うのに、どうして巻貝の付いていないナメクジを気持ち悪いというのだ? カタツムリから巻貝を取ると、ほとんどナメクジと変わらないじゃないか。納得できないなめなめ」
ビールで酔ったのか、ナメクジは口がなめらかだ。4本の角がほんのりピンク色になっている。
「それは見た目の問題だ。ヘビとウナギは似ているが、ヘビはあの気持ち悪い模様やチロチロ動く赤い舌があるだけで人間からは嫌われている。それと同じことだ」
「見た目で判断するのは、人間が下等動物だという証拠だ」
「そんなことはどうだっていいじゃないか。それより25年前に何があった?」
「ナメクジは、日本では昔から地球にいたナメクジと、なめなめせいからテレポートしてきたナメクジと、両方が共存しておった。だが、日本ナメクジは、食いぶちが減るからと、テレポート・ナメクジを追い出しにかかった。もちろん、テレポート・ナメクジも応戦した。俗に言う『日テレ・ナメクジ大戦争』だ」
「知らねぇよ。テレビの特撮番組かよ」
「で、我々マダラコウラ・ナメクジは助っ人に呼ばれて25年前、日本に上陸したというわけだ。それまでは棲み分けがあって、我々はヨーロッパ各地にテレポートしていたのだ」
「ほう、それで?」
「結局、平和協定が結ばれて無事解決した。エリア別にテリトリーを分けたのだ」
「なら、問題ないじゃないか」
「だが、日テレ・ナメクジ大戦争で、我々は同志をたくさん失った。日本ナメクジも大量の犠牲者が出た。だから、戦争前にタイムワープして、我々は戦争を食い止めたいのだ。無駄な戦いはやめて話し合うよう説得しに行きたいのだ。犠牲者の中には、わしの先祖もたくさん含まれておる」
「それは悲しい話だ……とでも言うと思ったか! ばかばかしい」
「どう思おうとトリトンくんの勝手だ。ところで、トリトンくん、君の重大な秘密を教えてあげよう」
「なんだよ、重大な秘密って」
(続く)
絵です
安心してください(笑)
