短編小説 解けない魔法2 | 秋 浩輝のONE MAN BAND

秋 浩輝のONE MAN BAND

はじめに言葉はない

 たしかにナメクジは不思議な生き物だ。湿っぽい時期になると、突然、どこからともなく現れ、いつの間にか、いなくなってしまう。誰かナメクジの巣を見たことがあるだろうか? ナメクジの死骸を見たことがあるだろうか? 実は、俺は一度だけ、風呂の椅子の裏側にへばり付いている干からびたミイラのようなナメクジの死骸を見たことがある。その話をすると、あるメンバーから低い声でピシャリと言われてしまった。

「トリトンくん、それはナメクジがテレポートし損ねて、ナメクジのセカイに帰ることができなくなってしまったのだよ」

 ナメクジのセカイ? そんなセカイがどこにあるんだ? 我々の住んでいる地球とは別に存在するのか? などと突っ込みたかったが、長い講釈を聴かされそうな気がしたのでヤメにした。

 

 ナメクジは雌雄同体である。すべてのナメクジは射精、妊娠することが可能だ。一見、原始的だが、合理的でもある。体が弱く、早死する確率の高いナメクジは、種族保存のために、できるだけたくさん卵を産む必要があるのだ。

ナメクジのカタチは殻を付けるとカタツムリとそっくりだ。味は煮て食べると食感がカタツムリと似ていて、けっこう美味しいらしい。昔、祖父がナメクジを生のままパラフィンに包んで食べていたという話を聞いたことがある。ナメクジの踊り食いである。ナメクジはどんな病気にでも効く万能薬だという都市伝説を祖父は信じていたらしい。もちろん、医学的には何の根拠もない。というか、むしろ、生で食べるのはヤバいらしい。ナメクジやカタツムリには広東住血線虫という寄生虫が寄生していることが多いらしく、人間がそれを摂取すると、髄膜炎に罹り、最悪、死に至る可能性があるという。最近のネットニュースに掲載されていた話だが、オーストラリアである若者がふざけてナメクジを呑み込み、広東住血線虫に寄生され髄膜炎に罹ってしまった。意識不明の植物状態のまま、8年間入院していたが、最近亡くなったそうだ。

 話は脇道に逸れてしまった。どこまで本気で話しているのかよく解らない連中だが、ナメクジのことを、やけに熱心に力説するので、俺も調べてみたわけである。ナメクジがテレポート能力を持つ知的生物だとは、とても思えない。

 

 それから1ヶ月が経ち、4回目の会議が行われることになった。

 今回は『タイムワープ』がテーマだ。前回と違って、オカルト性はまったく感じられず、相対性理論や量子力学、ブラックホール、ホワイトホール、ワームホール、超弦理論などの最先端の現代科学に至るまで、科学が積み上げてきたあらゆる真実や仮説を彼らは熱心に議論している。俺はまったく口を挟む余地がない。科学者がこのグループの中に紛れ込んでいるのは間違いない。結論として、タイムワープは可能だということになった。方法論は、あまりにも難しくて素人の俺にはチンプンカンプンだった。ホワイトボードには難しい数式が延々と羅列されている。

凄い、凄過ぎる……。

俺は頭が痛くなったので、途中で退席させてもらうことにした。いったい何の目的で、俺のような素人の参加を認めたのだろう。メンバーは疑似科学のビリーバーばかりだとタカをくくっていたが、とんでもない思い違いだった。

 

 頭を冷やすために自販機で買ったアイスコーヒーを飲みながら、パチスロ店の中をウロウロ歩いていた。

何気にパチスロ台を見た。俺はあまりのことに驚き、腰を抜かしそうになった。25年以上前に設置されていた機種ばかりではないか。その当時、よく打っていた『アニマル』や『デートライン銀河Ⅱ』などが、ずらっと並んでいる。かかっているBGMは中山美穂の『世界中の誰よりきっと』だ。何が何だか解らなくなって店の外に出た。なんと、街も25年前の景色だ。初代のRAV4やミニカ・トッポが道路を走っている。

タイムワープしてしまったのか? 俺は慌てて今まで会議をやっていた部屋に戻った。

 

これはいったい……。俺はあまりのことに言葉を失った。人間の大きさほどに超巨大化したナメクジがそこいらじゅう、うにゅうにゅと這い回っているのだ。

ナメクジたちは奇妙な機械を操っていた。青や赤や緑のレーザー光が、そこいらを縦横無尽に飛び回っている。ナメクジの這った跡は鈍い虹色の光を放っていた。この世のものとは思えない不気味な光景だ。

 

 

 

 

部屋の隅を見ると、誰かが椅子に縛り付けられていた。覆面をしたまま、苦しそうな声で何か喚いている。たぶん、7人のメンバーのうちの1人だろう。俺は急いで助けにいった。覆面を剥ぎ取ると、知的な顔をした中年男だった。

体を縛り付けていた縄をほどいてあげると、「ありがとう」と、中年男は俺に礼を言った。

「あなたはどなたですか? これって、いったい……?」

「私の名前は森紳一郎、物理学者です。ゆっくり話している暇はない。とにかく逃げよう」

 俺と森紳一郎と名乗る物理学者は、ドアに向かって走っていく。だが、俺がパスワードを入力し、ドアノブに手を掛けた瞬間、1匹の超巨大ナメクジが俺たち目がけて白い粘液を吐き出した。俺たちはモロに粘液を被ってしまった。強烈な粘り気と悪臭……。俺は息ができなくなり、その場で気を失った。

 

(続く)

 

 

世界中の誰よりきっと / WANDS

 

 

デートライン銀河Ⅱ