幼稚園児になる前の記憶はいくつか残っている。生まれて4歳までY市という小さな市で暮らしていた。家は借家で、江戸時代の終わりから残存していた築200年近く経つ珍しい家だった。親父は地方公務員になりたてで給料も安かったのだろう。格別の安い家賃で借りていたようだ。大家は近くにある神社の神主だった。大家一家とは仲が良く、うちの家が県庁所在地のM市に引っ越してもつき合いは続いていた。大家の子供たちと僕の兄弟もそれぞれ年齢が近く、構成も同じで姉、兄、弟、とても仲が良かった。末っ子の僕と仲が良かったのは、やはり末っ子で同じ年のアツシ君だった。僕は幼稚園に入園する前にM市に引っ越してしまったのだが、3歳児頃、一緒に遊んでいた記憶がけっこう残っているのである。ともに三輪車に乗ったり、雪の中をふたりで走り回ったり、地面にロウで落書きをしたりした記憶がある。もちろん記憶は嘘が混じるので、実際にはなかったこともあるかもしれない。
小学6年生の時、兄と二人で大家さんの家に、冬休みを利用して泊まり掛けで遊びに行ったことがある。久しぶりにアツシ君と会ったのだが、初めは互いに照れてあまり話すことができなかった。だが、みんなでトランプやカルタなどをしていると、少しずつアツシ君と打ち解け、幼少時の感覚に戻っていた。翌日、アツシ君は神社に僕を連れていき、竹馬をやろうと言い出した。アツシ君は自作の竹馬を持っていた。さすがアツシ君は乗り慣れていたが、僕は初体験だった。やはり初めは上手く乗れない。乗り方のコツを教えてもらうと、すぐにうまく乗って歩けるようになった。そして、ふたりは完全に心が打ち解けた。文字通り、アツシ君と僕は『竹馬の友』となった。
その後、アツシ君とは一度も会っていないが、アツシ君のお母さんは引っ越したうちの家に時々遊びに来ていた。うちの両親ととても仲が良かったからである。だが、アツシ君の話になると、お母さんは顔が曇った。神主であるお父さんが亡くなった後、アツシ君は、なぜだか急にお母さんに暴力をふるうようになり、お母さんを家から追い出してしまったのだという。アツシ君の奥さんも彼に暴力をふるわれ、結局離婚してしまったのだそうだ。アツシ君のお兄さんは医師になり、お姉さんは他県に嫁いでいったので、彼が神社の跡継ぎになったのは必然だが、なにゆえに、そんな暴力男になってしまったのか。もちろん、アツシ君の言い分もあるのだろうが、暴力はいけない。あの優しいアツシ君はどこに行ってしまったのだろうか。アツシ君に虐げられ、病弱でもあったお母さんが亡くなってしまった今、すべては闇の中だが、時の流れは人を悪いほうに変えてしまうこともある。残酷だ。なんともやり切れない思いがする。
