バンドをやっていると、取り巻きの女性たちがどこからともなく現れてくる。アマチュアでも、それぞれのバンドや個人につくファンがいるのだ。もちろん、人気の差は当然ある。僕の周りにも色々な女性が屯していた。「友達になってください!」と書かれた手紙を貰ったり、電話を貰ったりすることも多々あった。同じ音楽をやっている女子短大の女性たちと親交を深めるための、今で言う合コンのようなものも再々あった。でも、僕にはJ子という彼女がいたので、出来るだけ参加しないようにしていたが、毎回断るのもトゲがある。なので、時々は参加していた。J子に言うと、絶対に一悶着あるのは解っていたので秘密裡の行動である。合コンではあまり喋らず、隅っこで目立たないようにしていたのだが、ある時、「あっ、どこかで見たことある人だと思ったら、たしかDJやってませんかぁ?」とひとりの女性が言ったのでDJやっていたことがバレてしまい、早速、2日後、彼女たちはゾロゾロと店にやってきた。
その中で僕のファンだと公言しているS里という女性がいた。そして、その1か月後のコンサートで曲間のMCしている時に花束を持ってきてくれたのだ。だが、そのことが翌日、J子と大喧嘩する原因となってしまった。J子もコンサートに来ていたのだが、花束を持ってきていたのは知らなかった。J子は僕に花束を渡すために席を立って通路まで出ていったが、S里に先を越されたため、渡すのをやめて自分の席に戻ったというのだ。
「みんなに笑われたんだからぁ」
「馬鹿だなぁ、そのまま、持ってくりゃよかったのに。渡さずに引き返したから笑われたんじゃないか」
「それより、あの女の子は誰?」
「知らないよ。たぶんファンじゃないの」
「そんなはずないでしょ! 全然知らない子が花束持ってくるわけないじゃない!」
全然知らないわけじゃないけど、一度も話したことないから、知らないに等しい……そんなことを言えば、「それ、どういうこと?」と根掘り葉掘り聞かれるのは解っているので、それ以上、何も言わなかった。この頃から、僕の気持ちは少しずつJ子から離れていったような気がする。軽く嫉妬する女性は可愛いものだが、度が過ぎると嫌気がさしてくるものだ。まぁ、J子をそういうふうにしてしまった原因は僕にもある。つき合い始めた頃に、ある女性を巡って大きなトラブルがあったのだ。そのことはまた次の機会に書きたいと思う。
その後、S里とその仲間の女性たちとは、とある喫茶店で話す機会があった。他愛もない世間話をしただけで、S里をどうにかしたいとか、そんな欲望はまるでなかった。遊び慣れた女性ならともかく、純情そうな女の子だし、揉めごとはたくさんだ。
話も一段落して「帰ろうか」と僕が言ったその時、S里は自分が飲んだミルクティのスプーンを見て、「これ、可愛い~!」と言った。ほんの出来心だったのだろう。スプーンをティッシュに包んで、自分のハンドバッグの中に入れたのである。僕はおいおいと思ったが、止めなかった。他の子たちも誰も止めなかった。その場のノリのようなものがあったのかもしれない。レジで、僕がお金を払っていると、店員が走ってきた。「スプーンが1本足りないんですが、知りませんか?」と言った。あちゃーと思ったが、ここで出さない方がいいだろうと判断した僕は、「いいえ、知りません」と言った。「冗談ならやめてください」と店員は食い下がってくる。「知らないものは知らない。客を泥棒扱いするとはどういうことですか! いい加減にしてください!」としらばっくれた。『盗人猛々しい』とはまさにこのことだ。そして、みんなに「帰るよ」と促して店を出た。その間、S里は青い顔をして、ずっと下を向いていた。
「止めるべきだった…」と後悔した。S里は帰り道、僕に「ごめんなさい……」と涙ぐみながら言った。軽はずみでやってしまったことの後悔、反省、僕に嘘をつかせたことへの申し訳なさがあったのだろう。店に詫びを入れて返すべきだったのだろうか? もし、そうしたとしたら、S里はみんなの前で「泥棒」という烙印を押され、晒し者になったのは間違いない。店の事務室に呼ばれて説教されたかもしれない。もちろん、黙っていた僕らも同罪だ。(警察に突き出されるまでのことはなかっただろうが)そうなっていた場合、S里の気持ちはどうなっていたのだろうか? いまだに僕はどうすればよかったのか解らないでいる。
その後、S里から電話で「逢いたい」と言われたけど断った。軟弱な僕はS里に逢うと気持ちが傾いてしまいそうだったからだ。
「あのことは気にしなくていいから、もう忘れろよ」
「うん……ありがとう……ごめんなさい」
それが最後の会話になった。
それ以降、S里と顔を合わせることは二度となかった。
(了)
実話率88.2%