詩小説5 A香の挙動 | 秋 浩輝のONE MAN BAND

秋 浩輝のONE MAN BAND

はじめに言葉はない

コンサート時に配布するプログラムがある。演奏者や曲の紹介をしたA3を二つ折りにした程度の簡単なものだが、昔から絵を描いたりデザインするのが趣味だった僕は、よく制作を任されていた。演奏者(バンドや個人)ごとに、そのイメージ(演奏者や曲)をイラスト化して紹介したものを作ったりもした。まぁ、クラシックではないし、あまりクソ真面目に作るのもなんだったので、くだけたものを作っていたが、けっこう評判が良くて何度か担当させてもらった。自分も出演していたので、自己紹介がてらDJのPRも入れておくと、コンサートを観に行った人が店に来てくれることもあった。


ある日、いつも通りDJをしていると、A香と名乗る小柄な可愛い娘が訪ねてきた。

「お願いがあります」

「なんでしょうか」

「私、実は小説を書いているんです。今度、自費出版で出すことになったんですが、本のイラストを描いて頂けないかと思いまして」

「なんでまた僕に?」

「この前、コンサートに行ったんですけど、パンフレットのデザインが素敵だったので、お願いしようと思って」

「とりあえず、書いた小説、読まさせてもらえますか?」

「はい」


A香の小説は、今で言うファンタジー小説だろうか、とても不思議な話だったが、どこかユーモラスなところもある短篇小説だった。まぁ、さほど負担には感じなかったので、引き受けることにした。打ち合わせのため、何度かA香は店を訪れた。


A香はたぶん女子短大生だったと記憶しているが、話していると、なんだか「不思議ちゃん」という感じの女の子だった。小説のことよりも、自分が思っていること、私生活で体験したことなどを何の脈絡もなく話し始めるのだ。すごく真っ直ぐな目をしているのだが、どこか異様な雰囲気を醸し出しているような……。そして、いつもひとりだった。友だちといるのを見たことがない。何度か店内で話していると、店の同僚のDJは、「なんだ、なんだ、また可愛い女の子を毒牙にかけようとしてるんじゃないの?」などと、謂れのない冗談を言い始めた。誤解も甚だしい。少なくとも、その頃はまだ真面目だった。


まぁ、でも正直、A香の目的がイラストを描いてもらうことだけなのかどうかは、よく解らなくなっていた。一度、エジプトの秘宝展みたいな催し物が県民館であった時、「一緒に行きませんか?」と誘われたことがあるからだ。あんまり興味ないからと断ったが、どうも変な方向に行きそうだったので、さっさと頼まれたイラストを描いて彼女に渡した。あんまり関わらないほうがいいような気がしたからだ。


ある日、つき合っているJ子が店に来ていた。DJタイムが終わったら、デートをする約束をしていたからだ。すると、タイミングが悪いことに、A香も来ていて、それぞれがひとり掛けの席で、別テーブルではあるが、向かい合わせに座っているのだ。すべてを知っている店長が、「お~い、彼女同士が向かい合わせに座ってるぞ!」と、面白がっている。やばいっ! あらぬ誤解をJ子に与えてはならない。運のいいことに、J子は僕のいるDJブースに向かって座っている。僕はDJタイムが終わる少し前に、J子に店外に出るようにジェスチャーで合図した。J子は了解し、終わる前に外に出、僕は終わるや否や、すぐに飛び出してJ子とさっさと、その場を離れた。別にやましいこともしてないのに、なんでこんなに気を遣わなくてはならない……と理不尽なものを感じていた。実はJ子は非常に嫉妬深いのである。それより少し前にも、誤解され、とうとう信じてくれなかったことがあった。店長に後から聞いた話では、僕がいないことに気づいたA香は、慌てて店を飛び出し、店の周りをキョロキョロしていたということだった(汗) 


その後、A香は店に来ることはなかったが、後日、同じバンド仲間からこんな話を聞いた。僕はあまり出入りしていなかったのだが、音楽仲間がよく行くJという音楽喫茶があって、どうやらA香は、そこの常連でもあったらしい。Jには、来店客が何でも書き込めるノートがあった。

「おまえのこと、A香とかいう女の子がノートに書いてたぞ」

「えっ、なんて?」

「約束していたのに、秋さんは来てくれなかったって」

「はぁ、なんじゃそりゃあ?!」


A香と何かを約束したことは一度もなかった。その時、僕はそういう種類の人間がほんとうに存在することを初めて知ったのである。おそらくA香は、小説ばかり書いているうちに、現実と妄想の区別がつかなくなったのだろう。


(了)



実話率99.3%