心の優しいカイトが親友の代わりに(親友を犯罪者にしないために)、妹を殺害した犯人に手を下すのはまだ理解出来るとしても、一般社会に巣食う極悪人を次から次に襲うのは短絡的過ぎる……というのが、ほとんどの視聴者の意見だ。ほぼ私も同意する。ただ、私が思ったのは、カイトのやり方はあまりにも中途半端で、誰にもメリットがないということだ。カイトの思慮のなさ、想像力のなさは、杉下右京の相棒としては不適格過ぎる。カイトが自白したように、インターネットで「正義の味方」と賞賛されたことで気持ち良くなって、やめられなくなってしまったのだろう。そこには、カイト自身のカタルシスの発散やヒロイズムに酔うことだけしか見いだせない。ま、それは人を裁く側の人間はみんな持っているはずなので、まだ解るとして、一番問題なのは、「極悪人を殺害したり、隔離したりするのではなく、ボコボコに殴ったり蹴ったりするだけ」というやり方なのである。
カイトがボコボコにしたのは、更生の余地がまったくない極悪人ばかりだ。そういった人間は多少殴られたくらいでは、反省も更生もしないし、むしろ逆恨みしてカイトを見つけ出し、復讐しようとするはずだ。当然、恋人など大事な人を危険に晒すことにもなりかねない。また、相棒は天才杉下右京なのだ。ばれないわけがない。(特命係に赴任してから3年間もばれなかったというストーリー自体、不自然過ぎなのだが)そういうことが想定出来ないのであれば、それは想像力が欠如しているとしかいいようがない。優秀な刑事ならば犯罪者の心理は熟知していなければならない。
TVドラマの中で、極悪人の裁き方が理想的なのは、堺雅人の「ジョーカー」だ。極悪人に「お前に明日は来ない」と決め台詞を吐きながら麻酔銃を撃ち、極悪人を孤島に隔離して一生重労働を科すといった話だ。人が人を殺すという問題もなく、二度と一般社会には出てこられないので、少しでも社会が平和になる=視聴者は納得する。あくまでも、フィクションの中で、合理性、整合性を問うならば……という前提付きの話だ。そこに法律論や道徳論としての善悪を持ち出してはならない。
さて、カイトの父親で警察庁の次長甲斐峯秋(石坂浩二)VS右京の話である。終盤で交わされた二人の会話は興味深かった。この部分に、今シリーズのすべてが集約されていると言っても過言ではない。「杉下右京は人材の墓場」 と以前から言われている右京を揶揄する言葉をカイトパパは使った。かつて右京に下に7~8人の部下がいて、いずれも長続きしなかったという設定になっている。カイトパパとしてはカイトを警察から辞めさせたかったと初めから言っていた。右京の下にいれば、きっとカイトも辞めるとカイトパパは踏んでいたようだが、まさか、そこまでのことをしでかしているとは思っていなかったに違いない。ふたりの関係性についてはイマイチ解らないところがあるが、カイトは右京が危なくなった時にパパの権力に頼ったし、パパはカイトの願いを聞き入れた。思いっきり破綻した関係ではなさそうだ。そもそも特命係にカイトを引き入れたのは右京である。カイトの決して何ものにも妥協することのない正義感の強さを知ったからだ。ただ、犯罪を犯すほど突出したものであることを右京もカイトパパも見抜けなかった。カイトは右京の天才的能力に嫉妬し、ヤケクソでダークナイトになったのではないかとパパは言っていたような気がするが(間違っていたらすみません)、それはたぶんないだろう。カイトが特命係に赴任した当時から、ダークナイトは始まっていたわけだから。いずれにしても自分が「人材の墓場」であることを重く受け止めた右京は、無期限の停職処分を受け、イギリスへと旅立つ。カイトパパはどうなったのだろう。いくら裏から手を回しても、ネットが発達した今、カイトと親子であることはすぐにバレるだろうし、今まで通り、警察庁にいられるわけはないと思うのだが、次のシーズンが楽しみである。って、あるんだろうな? シーズン14は。