短編小説 凪子10(最終話) | 秋 浩輝のONE MAN BAND

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はじめに言葉はない

「主人が悪いんです。たしかに凪子が主人の子供じゃないことを隠し続けた私が一番悪いことは解っています。殴られ続けるだけなら、私はずっと我慢しようと思ってました。そういうことがなければ優しい人でしたから。でも、でも……、私は見てしまったんです。主人と凪子が裸で抱き合うところを……、それだけは、それだけは、絶対に許せなかった。だから、ある夜、私は主人を鍬で殴り殺しました」

「殺したあと、どうしましたか?」

「納屋に隠しておいて、夜中に自宅の庭に埋めました」


「凪子さんを殺したのもあなたですね?」

「はい……」

「どうして、自分の娘にまで手をかけたんですか?」

「ふたりが抱き合っている時、あの子は気持ち良さげな声を出していたんです。母親ではなく、女として、同じ女として、それがどうしても許せなかった! 無理やり、主人に犯されたわけじゃないんです。あの子は気持ちが良くて声を出していたんです。昔から誰かに何かを頼まれると、断れない子だった。きっと主人に同情しただけなんです、凪子は。でも、いくらなんでも、それは、それは、違うでしょう?」

 

「それから何年も経っているのに、どうして今頃になって……」

「主人を殺めたあと、気持ちを切り替えました。凪子がグレたのは私のせいです。でも、大学に入る頃、凪子は立ち直って、私に優しくしてくれるようになった。『お母さんも辛かったんだよね』と、言ってくれるようになった。ほんとに嬉しかった。だから、すべてを忘れようと、心に決めたんです」

 

「だが、最近になって、岡野庸史さんとの結婚問題が浮上してきた。そのことで、凪子さんと揉めたんですね?」

「はい、結婚したい人がいると凪子が言ってきて、それが岡野誠一さんの息子、庸史さんだった。写真を見てほんとうに驚きました。あまりにも岡野さんそっくりだったので……。運命を呪いました。実は、凪子が大帝国印刷で上司の柴崎さんと不倫して辞めざるを得なくなった時に、凪子を雇ってくれたのは岡野さんだったんです。岡野さんは初めから、凪子を自分の娘だと解っていました。でも、凪子にはそのことを隠すことにしました。岡野さんも庸史さんと凪子がそんな関係になるとはまったく思ってもみなかった。甘かったんですね、岡野さんも私も。『彼だけは絶対ダメ!』と、凪子に言いましたが、もう手遅れでした」

 

「あなたが岡野誠一さんと知り合ったきっかけは?」

「岡野さんは私と同じ愛媛県の松山市出身で、高校時代は同級生だったんです」

「なるほど、そういうことでしたか」

「高校時代、岡野さんは文芸部にいて、小説家を目指していました。とても知的な方で、私の方から好きになったんです。でも、岡野さんとつき合うようになったのは、ずっとあとで……その時は岡野さんはもう結婚していました。私がいけなかったんです、どうしても気持ちが抑えられなくて……。その頃、主人と知り合ったんですが、かなり強引に迫られて、断り切れなくなって結婚したんです」

 

「愛媛に行って、光男さんと凪子さんを殺害したのは、あなただと確信しました。動機も推察した通りでした。凪子さんを殺害した日のことを詳しく教えて頂けますか?」

「凪子のアパートに行ったのは、あの日の午後10時半くらいでした。私がアパートに着いた時、2階の凪子の部屋から庸史さんが出てくるところを見ました。庸史さんは茫然とした感じ…ふらふらした足取りで階段を下りてきました。入れ違いで私は凪子の部屋に行きました」

「庸史さんがそうなった原因はなんだったんでしょう?」 

「凪子が自分たちが腹違いの兄妹だということを庸史さんに明かしたらしいです。だから、お別れしなければいけないと凪子に言われて……」

「凪子さんはそのことをいつ知ったんですか?」

「その3日前、凪子に言いました」

「殺害した当日は何をしに凪子さんのアパートに行ったんですか?」

「謝りにいったんです。もちろん、謝って済む問題ではないんですが……」

「謝りにいったのに、なぜ殺してしまったんですか?」

 

「土下座して謝っていると、凪子は私をなじり始めました。『庸史さんとこんな酷い別れ方をしなければならなくなったのは、みんなお母さんのせいだから!』と。たった今、庸史さんと別れたばかりだし、そう言いたくなる凪子の気持ちは痛いほど解りました」

「それで、どうしました?」

「私は『ごめんね、ほんとうにごめんね』と、何度も何度も床に頭を擦りつけて謝りました。でも凪子は突然、狂ったように暴力をふるい始めました。私の顔を蹴り上げたんです。ひっくり返った私の体に馬乗りになって、何度も何度も叩きました」

「そうでしたか……」

 

「私は段々、気が遠くなっていきました。その時、頭の中に幻覚が見えてきたんです。庸史さんと凪子が抱き合ってる姿でした。それがいつの間にか、庸史さんの顔が光男さんの顔にすり替わって見えたんです。そして、昔、光男さんと裸で抱き合っていた時の、凪子の気持ち良さげな喘ぎ声と姿が蘇ってきて……あぁ、この子は私の大事な男を奪ったんだと思ったら、急に憎しみでいっぱいになってしまって……

『この子は悪魔だ! 殺してしまえ!』

 どこからか、そんな声が頭の中に響いてきて……そのあとのことは、よく覚えていません。気がついたら、凪子は死んでいました。私は血だらけの置時計を持っていて……」

「置時計はどうしました?」

「持って帰りました」

 淑子は押入れの奥から箱を出してきた。箱の中には血だらけの置時計が入っていた。

「凪子さんは全裸でした。どうして服や下着まで脱がせたんですか?」

「男の犯行だと思わせたかったんです」

 

 下坂は淑子の常軌を逸した身勝手さに怒りを抑えられなかった。
「ふつう母親なら、そこまでしませんよね。あなたは自分に都合の悪いことがあると、隠したり、誤魔化したりしながら、ずっと生きてきた。凪子さんが光男さんの子供じゃないと解ると、血液型を隠して、凪子さんや光男さんをずっと欺き続けてきた。岡野さんが実の父親であることも、凪子さんにずっと隠し続けてきた。捜査を混乱させるために凪子さんの遺体を裸にした。あまりにも悪質です。悪魔は凪子さんじゃない、あなただ! あなたは誰かを愛しているようで、誰も愛していなかったんです。あなたが愛していたのは自分だけなんだ!!」 

 

 下坂はそこまで一気に言うと、ふうっと溜息をついた。

「あなたは天国にいる光男さんや凪子さんにどう償うべきなのか、ふたりを愛した人たちにどう償うのか、これからじっくり考えながら、生きていってください」

 下坂が穏やかな口調で締め括ると、淑子はわっと泣き崩れた。


(了)

 

2015.3.18

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。今回も再掲載するにあたって、かなりの量を改稿、加筆しました。文章の荒っぽさや心理描写の至らなさを感じたからです。(前回もそうでしたww)まだまだ完全なものにはなっていないので、機会あれば、さらに改稿していきたいと思います。今後とも宜しくお願い申し上げます。