開演前のざわめきの中で
君の姿を見た
別れてからもう半年が過ぎていた
髪の毛が栗色になった以外は
特に変わった様子もなく
君は元気そうだった
僕の姿を見つけた君は
ぺこりと恥ずかしそうにアタマを下げた
どんなつもりで
君はコンサート会場に
姿を現したんだろう?
僕は君への切ない想いを
まだ心の片隅に残していた
君との生活を
「歯切れの悪い歌」として
きょう歌うつもりでいた
でもまさか君がそれを聴くことになるとは
想像だにしていなかった
開演のブザーが鳴った
自分の出番までの長い間
君と過ごした時間を反芻していた
君に聴かせるつもりは
まるでなかったその歌を
どう表現していいかまるで解らなかった
僕はその歌を思い入れ深く歌って
君はそれを感慨深く聴くのだろうか?
思ったよりも早く出番が訪れた
心に迷いを憶えながら
薄暗いステージの中央へ
僕はギターを携えながら
上手からゆっくりと歩いていった
静まり返ったステージの上から
中央の前列3番目に
僕は君の姿を見い出していた
スポットライトの灯りのみで1曲歌った
調子は悪くない
だが、ふとステージの袖を何気なく見ると
なんと・・・大きなゴキブリが
触覚をピクピクさせながら床を這っていた!
すると急に口が強張り
僕は言葉を発することが
出来なくなってしまった……
2曲目にその歌を
歌うつもりでいた
でもゴキブリと夢幻の狭間で
もはや君の耳を潤すことも
塞ぐことも出来なくなっていた
僕は暫く沈黙した……
ステージの照明は途絶えて
空間は意思を貫くように
ざわめきはじめた
(後編に続く)