レビュー1 ポールサイモン・ソングブック Paul Simon | 秋 浩輝のONE MAN BAND

秋 浩輝のONE MAN BAND

はじめに言葉はない

①アイ・アム・ア・ロック ②木の葉は緑 ③教会は燃えている
④4月になれば彼女は ⑤サウンド・オブ・サイレンス 
⑥とても変わった人 ⑦私の兄弟 ⑧キャシーの歌 
⑨サイド・オブ・ア・ヒル ⑩簡単で散漫な演説 
⑪雨に負けぬ花 ⑫パターン


このアルバムが録音されたのは1965年。それより少し前に録音したS&Gのファースト・アルバムがまったくといっていいほど売れず、失意の中でポールはひとりイギリスに渡り、ライブハウス回りをしながら、さまざまな音楽を吸収していた。その当時の生き様を記録するべく、ロンドンでレコーディングしたのが本作である。すべての曲はポールのボーカルとアコギによる弾き語り(同時録音)である。「簡単で散漫な演説」のエンディングがフェード・アウトする以外は、電気的なミキシング操作は、まったく加えられていない。

生身のポールが目の前で、歌い、ギターを弾いている。(感じがする)どの曲も感情むき出しの生々しいボーカルとギターで占められている。「サウンド・オブ・サイレンス」が大ヒットしてS&Gの名が世界的に知られはじめると、ポールはすぐに本作の発売を中止した。感情を美しさというオブラートに包み込むことをしていなかったので、自分の恥部を晒すようで恥ずかしかったのだろう。だが、日本だけはどういうわけか発売中止にならず、S&Gの活動時期も、ずっと正規盤として売られ続けていた。S&G解散後、1972年に初来日したポールは、その事実を知り、急遽、日本でも発売中止にしてしまった。そしてその後、30年以上も封印され続けた本作は、2004年にやっとポールが承諾して、日の目を見たのである。

このアルバムの私的な思い出としては、高校時代に遡る。当時、FMS&Gのベスト盤を流していたのをテープデッキに録音後、すっかり気に入って、まるで病気に罹ったように毎日繰り返し聴き続けていた。不思議と何度同じ曲を聴いても飽きないのである。所属のレコード会社CBSソニーは、宣伝文句として「S&G体験」という言葉を使っていた。そうして完全に「S&G体験」にハマっていた頃、同級生のギター繋がり友だちが、自分の友だちを連れて家に遊びに来た。すると偶然、友だちの友だちはS&G狂いで、S&Gのアルバムはほとんど持っていると言うのだ。思わず「頼むから全部貸してくれ!」とずうずうしくも初対面の彼に依頼すると、彼は快くOKしてくれた(喜)

そういった経緯があって、次々とアルバムを「ただ」で借りては、テープデッキに録音することが出来たのである。
高校生当時は、親が厳しくて(&ビンボーだった)LPレコードを買えるほどの小遣いは貰えなかったので、これは大変ラッキーなことだった。なぜだか彼は「サウンズ・オブ・サイレンス」だけは持っていなかったので、それからかなり後、自費で買うまで聴くことが出来なかった(笑)。また、彼はポールのギターもかなりコピーしていた。明らかに彼のほうがテクニックもコピーの正確度も上で、ずいぶんと教えてもらった。これまたラッキーなことだったと言える。そして、彼から借りたLPの中に「The Paul Simon Song Book」があったのだ。

この当時、日本で発売されていたものは、今再発されているものとタイトルもジャケットも違っていた。タイトルは「SIMON BEFORE GARFUNKEL」ジャケット写真はモノクロで、髭面のポールが遠くを見つめているという、一見映画俳優のようなカッコ良い写りの写真だった。


▲当時CBSソニーから発売された日本盤
  [SIMON BEFORE GARFUNKEL]

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①アイ・アム・ア・ロック 
何ものも寄せつけない「鉄のような意思」を感じさせる歌である。再発された同CDは、アウトテイクがボーナス・トラックで入っているが、こちらのほうは、足踏みをしながら歌っており、さらに激しく感情を込めた様子が窺える。


 

②木の葉は緑
「サウンズ・オブ・サイレンス」に入っているS&Gバンド・バージョンよりも、こちらのほうがしっとり聴ける。いわゆるソロのシンガー・ソングライターとして、確立したものを感じさせてくれるのである。ポールはソロ・アーティストとしても、かなりの位置にまでいけたんじゃないだろうか?(もちろん、S&Gほどの名声は得られなかっただろうけど)


 

③教会は燃えている
S&Gのアルバム未収録の曲。白人至上主義者グループ(K.K.K=クー・クラックス・クラン)が、黒人のキリスト教教会を燃やしてしまったという暴挙に対しての、ポールの怒りの表現、プロテスト・ソングである。エンディングは力み過ぎていて、やや気恥ずかしい。初期のS&Gライブでは、アートのハモリが入っている。「私の兄弟」とは逆で、S&Gライブ・バージョンのほうが良いと思う。詞の重さとハーモニーの美しさのバランスがうまく取れているのである。ライブでは他の曲よりも客受けしていたことが拍手の大きさから窺える。



④4月になれば彼女は
この曲に関しては、「サウンズ・オブ・サイレンス」に入っているアートのソロ・ボーカルのほうが遥かに良い。「大人の童謡」といった風情を持った曲なので、軽くて幻想的な雰囲気のボーカルが似合うと思うのだ。このアルバムでのポールの声は重過ぎて、この曲の良さが半減してしまっている。


 

⑤サウンド・オブ・サイレンス
こんなに感情を露わにしたサウンド・オブ・サイレンスは、
このアルバム以外では聴くことが出来ない。
4コーラス目の「“Fools!”said I You do not know”」は
激しく怒りを叩きつけるような歌い方で、初めて聴いた時は思わず息を呑んでしまった。そして、これこそがこの歌の真のメッセージなのだと気づかされた。決して一般向けではないが、ポール・ファンにとっては堪らないバージョンである。


 

⑥とても変わった人
まだあまり洗練されてない原型バージョン。後ほど紹介する「LIVE FROM NEW YORK CITY 1967」に入ったS&Gバージョンがベストである。美しいハーモニー・ボーカルとメリハリやタメの効いたギターは、1967年のS&Gライブで最高のパフォーマンスを発揮している。


 

⑦私の兄弟
ポールの大学時代の親友アンドリュー・グッドマン(公民権運動家)は、白人至上主義者グループ(K.K.K=クー・クラックス・クラン)によって、射殺されてしまった。(享年23歳)このことに強いショックを受けたポールは、この曲を書いたと伝えられているが、残念ながらそれは事実ではない。その事件が起こる1年前に、この曲は既に完成されていたのである。だが、彼のことを思い浮かべながら、この歌を録音したことは真実だろう。怒りや悲しみがストレートに表現されており、感動的なバージョンである。これを越えた歌とギターは、一度も聴いたことがない。


 

⑧キャシーの歌
ポールの想いは伝わってくるのだが、「サウンズ・オブ・サイレンス」に収められたバージョンのほうが、淡々としている分、逆に深い想いを感じてしまうのだ。ギター・サウンドも、このバージョンはまだ未完成である。


 

⑨サイド・オブ・ア・ヒル
S&Gのアルバム未収録曲だが、「スカボロー・フェア」の「詠唱」にこの歌詞が使われている。この曲は単独でも素朴でしみじみした良い曲だと思う。既に忘れ去られた理由によって、継続している戦争の無意味さ、その戦争の巻き添えによって、7歳で死んだ子供が丘の中腹に葬られているという事実…。当時のベトナム戦争へのレジスタンスがこの歌には込められている。


 

⑩簡単で散漫な演説
「パセリ・セージ…」に入っている同曲と歌詞は似ているが、リズムもギターもまるで別物である。ポールが影響を受けた色々な人物、モノが並べられ演説風に語るという不思議な曲。ポールの個人的な曲であって、普遍性はまるでない。

このバージョンにだけ入っているのは、
ウォルト・ディズニー、ディス・ディスリー
ジョン・レノン、クリシュナ・メノン
ウォルター・ブレナン、カシアス・クレイ
ジェームス・ジョイス、ロールス・ロイス
シルバー・ダガー、トム・ウィルソン(プロデューサー)、俳句(!)


「パセリ・セージ…」バージョンだけに入っているのは、
ノーマン・メイラー、マクスウェル・テイラー
ジョン・オハラ、マクナマラ、フィル・スペクター
ルー・アドラー、バリー・サドラー、ロイ・ハリー(プロデューサー)

両方のバージョンに共通している内容は、
ビートルズ、ローリング・ストーンズ、レニー・ブルース
ボブ・ディラン、ディラン・トーマス、ミック・ジャガー
父、母、おじ、おば
アンディ・ウォーホール、アート・ガーファンクル




⑪雨に負けぬ花
「パセリ・セージ…」バージョンのふたりのハーモニーや12弦ギターのストロークの緻密なサウンドからすると、あくまで原曲、原型という位置づけになるだろう。


 

⑫パターン
「パセリ・セージ…」バージョンも面白いが、この変則チューニング・ギター・バージョンも捨てがたい魅力がある。(変則チューニング…DADGADの全音下げ)どうしようもない絶望や運命論的なものを感じさせる曲だが、ポールひとりで歌うと、より一層絶望感が伝わってくる。

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このアルバムは全体的にヒリヒリとした実存性を感じる。現実的な怒りや悲しみや虚無感が、重みを持った声でストレートに表現されている。きっとポールは、そういったものを痛切に肌身で感じて、そういった表現方法を取りたかった時期なのだろう。