デザイナー
俺はモード学園を卒業後、小さな会社にデザイナーとして就職した。専門学校での成績は悪くなかったため、学校からは大手ジーンズの会社を進められたが、当時の俺はとにかくデザインがしたかったので、大手ジーンズメーカーは受けなかった。俺が志望していたのは若手向けの商品をデザインしている会社で、当時はなかなか見つからなかった。そんな中で見つけた会社の面接で、社長の話を聞いてその内容に感動し、そこに行く事に決めた。が、確かにいい話だった。それは確かだった。その話だけを聞いていれば。就職後、社長と話す機会が増え、ある疑問が芽生えてきた。一つ一つをとってみればどれも目から鱗の体験談でいい話なのだが、合わせてみると、つじつまが合っていない事に気付く。ひょっとして、適当言ってるだけじゃ・・・。この憶測は当たっていたと、後に確信する。いろいろあったが、悪口になってしまうのでここでは記載しないが、まあ、ひどかった。基本給19万だったが、初任給の明細を見た時、目を疑った。6万円いったいどう計算したのだろうか。詳細な計算式は書かれていない。交通費は最大2万まで支給、といいながら実際はゼロ。・・・・・・。俺は1ヶ月半で辞める事に決めた。辞める事を決めた時は実に晴れ晴れとした気分だったし、英断だったと思う。ところがここで話は終わりではない。辞めて半月後、その会社から電話が入る。なんでも半月分の給料が出てるので取りに来いというのだ。そう、ここは給料が手渡しなのだ。俺はそんな給料はいらない、と断った。が、そんな訳にもいかない、というので仕方なしに取りに行く事にした。ちなみに交通費は往復で4000円程だ。支給額6万で生活出来るわけがない。ともあれ、久しぶりに会社に行って社長に会った。そこで明細と一緒に衝撃の事実を突きつけられる。「まぁ、色々差し引いたらプラマイゼロになったわ・・・。」・・・。はぁじゃあ、何故呼んだ?それやったら明細だけ切手貼らずに郵送で送れやアホか!?口にこそ出さないものの、顔には十分出ていたと思う。しかし、社長は更に火に油を注いでくる。「それとやね、君が辞めてから商品のダンボールがなくなってるんやけど、知らんか?」・・・・・・知るかっっ誰がお前んトコの商品なんか盗るかなめるのも大概にしとけよっと、怒りをあらわににする俺に社長から聞いた最後の一言。「どや、戻ってこうへんか。」誰が戻るかっでも、俺がいた1ヶ月は6万円分も会社に利益は出せていなかったと思う。それは自営になってから解った事だ。