こんにちは。
今回部員ブログを担当する経済学部経済学科2回の田中晴太です。

今回のブログでは、考えてるようでなにも考えていない、適当に生きてきた、自分らしく話していきたいと思います。拙い文章ですが、読んでいただけるとうれしいです。

まず初めに、学生コーチに向けての言葉を書いていきたいと思います。
なんちぇへ
同級生か先輩しかいない、一回生の時から、コーチになる決断をしたこと、尊敬してます。トレーニング中、コーチングでもないただの魂の叫びがたまに出てくるところ、説明しているとき、謎に前進しつづけるところ、歩き方が内股なところ、説明のときの手がうざいところ、分け目の再現度が毎日素晴らしいところ、絶対に審判に聞こえない声で抗議しているところ、間違い探しかと思うレベルでしか髪を切らないところ、全て尊敬してます。
これからも一緒に頑張りましょう。
ふざけるのはここまでにしておきます。

ブログを書くにあたって、自分のサッカー人生を振り返ってみましたが、流されるがままに過ごしてきたなと思います。その中でも、大学サッカーを除く、自分がしてきた四回の選択について書いていきたいと思います。

僕がサッカーと出会ったのは保育園の頃でした。兄が二人ともサッカーをしていたので、自然と僕もボールを蹴るようになりました。

そして、小学生になり、サッカークラブに入りました。親からサッカーをするかと聞かれ、やりたいと言ったことが、僕のサッカー人生初めての選択だったと思います。正直曖昧なので、僕の想像です。小学校サッカーでは、ひたすらにバルセロナのサッカーを見せられて、コーチからお前はブスケツになれと言われていました。その影響で、パスサッカーが好きになり、サッカー人生で1番楽しくサッカーを楽しめていたと思います。今の僕のサッカー観は、小学生の時にほとんど固まっていたと思います。1回目の選択は大成功でした。

中学生に上がるタイミングで2回目の選択の機会が訪れました。その当時、兄が通っていた強豪チームにチャレンジするのか、受かることは確定しているチームに行くのか、の選択でした。そのときの僕は、そこまで悩まずに強いチームを受けることを選択しました。その選択をしたのは、そのチームのサッカーが好きだったことと、兄の影響が大きかったと思います。この中学3年間はあまりうまくいかないことが多かったのですが、周りには上手い人しかおらず、そういった環境に身を置けたことで、自分自身のサッカーに対する意識も変わったと思います。何より大阪桐蔭という高校に行けたことが、この選択を成功だと思える1番の要因だと思います。

3回目の選択は高校選びです。中学が強かったおかげで大阪の高校であれば、どこでも練習会に参加させていただくことができました。何校かの練習に参加し、その中で大阪桐蔭高校を選択しました。家から自転車で通えるそこそこ強いチームと迷っていたのですが、その時に後押ししてくれたのが両親でした。自分はサッカー推薦で行くくせに、どの高校が強くて、どんなサッカーをするのか、何も知らない、調べようともしないクソガキだったので、両親には本当に助けてもらいました。本当にありがとう、感謝しています。
そして、この選択は1番の大成功だったと思います。真面目すぎてこっちが心配になるぐらいの仲間達と出会えたこと、僕に「お前は心がない」や、キスするぐらいの距離で「次文句言ったらグラウンドから引きずり出すぞ」だったり、試合中にも関わらず5分以上コート内で棒立ちで説教をされたり、サッカーのことだけでなく、人として成長させてくれる監督やコーチの方々に出会えたこと、全てが良かったと思えます。 

そして4回目の選択は大学選びです。
僕は、コースの中でトップレベルに頭が良かったので、指定校推薦がある大学の中で選び放題でした。関西を出たくはなかったので、自然に関西私大トップと言われているこの同志社大学を選択しました。この選択はそこまで考えることや悩むこともなく、決めることができました。まだ現在進行中ですが、当然この選択は成功だと思います。

これまで、四回の選択について話させてもらい、感じたことは、正しい選択をすることが大事なのではなく、選択を正解にしていく努力をすることが一番大事だということです。
小学生でのサッカーをするという選択は、自分自身の上達やサッカーの面白さを実感しながらボールを追いかけました。
中学生では、ひたすらに技術を磨き、高校に活かすことができました。
高校では、サッカーはもちろん、色々な人と関わり、人として成長することができました。
こうした努力を続けた先に、選択を成功と思えるのだと思います。

ここまで読んでくれているのは親ぐらいだと思うので、感謝を書いていきたいと思います。

小さな頃から、サッカーでどこに行くにしても車で連れて行ってくれたお父さん、僕の将来ことなどを自分事のように考えて、アドバイスをくれるお父さん、あんなに怖かったのに今ではいじられていることが増えたお父さん、尊敬しています、ありがとう。
僕以上に僕のことを考えて心配してくれるお母さん、本当にまれに僕からする話を聞いてくれるお母さん、近所の人や僕の同級生に会うと必ず挨拶をするお母さん、お母さんのおかげで今もつながれているつながりがいくつもあります。いつも感謝しています、ありがとう。
しょうもない息子だけどこれからもよろしくお願いします。

最後に、冒頭で適当という言葉を使いましたが、僕は適当という言葉が好きです。「いいかげんである」という意味で取られがちの言葉ですが、状況や目的に「ふさわしいこと」という正反対の意味を持つ言葉でもあります。これからも自分らしく、考えているようで考えていない、もしくは考えていないようで考えている、自分自身のギャップを楽しみながら適当に過ごしていきたいと思います。

だらだらと書き続けてここまで来ましたが、拙い文章を最後まで読んでいただきありがとうございました。