南三陸町へ行ってきた(4) | ~俺もないけど心配するな~

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デュープラー英語学院の代表、hisasueの気ままなブログ


<前回の続き>


南三陸町の歌津中学校体育館では、「物資の配給」が行われている。

私とK氏は、ボランティアとして、その物資の仕分け作業の仕事を割り当てられた。

午前中は、特に混み合うこともなく、淡々と時間が過ぎていった。


正午になり、各自持参した昼食をとることになった。

しかし、そこは「物資」が豊富に置かれている作業所である。

中には、賞味期限の切れたカップ麺などがかなり残っていた。

徳島県から派遣された県職員の役人さんが、「賞味期限が切れていてよければ、ここにあるカップ麺を食べて下さい」と言って下さった。

しかも、既にやかんにお湯が沸いている。

そういうことなら、と私は自分が持参したウィダーインゼリーやカロリーメイトと交換に、そこにあった「わかめラーメン」を1つ頂いた。

賞味期限といっても、ほんの数日前なので、全く問題はない。

私はそういうことはあまり気にしない質だ。

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しかし、それにしても、仕事内容があまりにも手持ちぶさたすぎる。

安全靴もゴム手袋も不要。

防塵マスクもカッパ上下も不要。

私は絶対に無理はしないと心に誓って来たものの、少しくらいは無理をしてしまうだろうと覚悟もして来たのだ。

話を聞いてみると、南三陸町災害ボランティアセンターにボランティアが集まるのが午前9時なのだが、この歌津中学校の体育館に物資を運ぶトラックが到着するのが午前8時半頃なのだという。

つまり、物資の搬入の時点では、ボランティアスタッフが5人いても手が足りないほどなのだ。

ところが、ボランティアセンターから人が派遣されてくるのは9時以降なので、10時から始まる「物資の支給」だけでは、ボランティアスタッフにやってもらう仕事がほとんど残っていない、という状況らしい。

う~ん、この状況は、このままで良いのだろうか?

もちろん、ボランティアに来る人たちは、私もそうだが、誰もが「何でもやります」の精神で足を運んでくるわけだ。

ただ、誰にどんな仕事を割り振るか、またどんな段取りで仕事をするかは、すべて現地のスタッフの指示に従うべきなので、希望通りの仕事をさせてもらえる保証はないし、それはそれで、そういうものだと思う。

しかし、もし、10時以降は、物資仕分けの仕事にはそれほど人数が必要ないのだとしたら、その分、午後からは何人かをがれき撤去などの仕事に回すこともできるのではないか。

南三陸町に入ってから歌津中学校に来るまでの間に抜けてきた道の光景を見る限り、がれき撤去だけでも、相当な人員が必要だろうということは明らかだ。

とは言え、物資仕分けの仕事も重要だ。

日によっては、もっと多くの人が、もっと高い頻度で、もっと多くの物資を求めてやってくるのだろう。

そうなると、5人が適切な人数かもしれない。

仕分け場からボランティアセンターに「何人」のボランティアを派遣して欲しいか、前日の夕方に希望を伝えるらしいが、その時点で翌日の仕事量が読めないのだろう。

私を含んだ4人のボランティアスタッフは、昼食をとりながら、皆同じ気持ちであることを話し合った。

しかし結局は、その日の午後も、午前と同じようなペースで時間が流れて行った。

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午後3時になり、私達は業務を終了した。

徳島県の県職員の役人さんと、地元の給食センターからお手伝いに来ている女性の方に挨拶をし、私とK氏は車に乗って南三陸町災害ボランティアセンターに戻った。

朝と同じテントで終了報告書に記入し、これでボランティア活動は終了。

帰りの車を発進させた時、K氏が「なんか、物足りなかったですね」と言った。

私も同感だった。

しかし私はこう返事した。

「だけど、もし我々が今日来ていなかったら、今日がれき撤去の作業に回っていた人のうち、2人が物資仕分けに回されていたはずだよ。」

「だから、我々2人がここまでボランティアに来たことは、結局は、その分、がれき撤去も進んだってことだよ。」

私はK氏にこのように話しながら、自分自身もそれで納得することに決めた。

ボランティアの中には、被災地で何かの役に立ちたいと願って張り切ってボランティアに来たものの、あまり大きな仕事が割り当てられず、物足りなさを感じて帰って行った人が結構いるという話を耳にしたことがある。

これからボランティアに行こうという人は、こうした様々な状況を受け入れる覚悟をして行くと良い。

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この日、南三陸町を出発したのは午後4時過ぎ。

私の住む千葉県松戸市に到着したのが午後10時過ぎ。

途中、およそ1.5時間毎に休憩をとりながら、結構飛ばして帰って来た。

松戸市内のサイゼリアで遅い晩ご飯を食べ、K氏は松戸駅から電車で帰った。


その後、一人で車を運転していると、なんとなく、平和な松戸市内が、いつもと違う風景に見えた気がした。

南三陸町も、他の被災地も、まだまだ不便な生活環境が残っている。

最近では、節電とか、なでしこジャパンとか、別のニュースに気を取られて被災地のニュースが減ってしまっている感があるが、私達は、今も支援物資を求めて暑い中体育館まで足を運んでいる人たちが被災地にはたくさんいることを忘れてはならない。


帰りの車の中で、私は、また近いうちに行こう、と思った。

今度は破傷風の予防接種もして、もう少し、日程にも余裕をもって。

今度こそ、汗だくになって、数日後の筋肉痛も覚悟して(笑)。


<終わり>