誰にでも「帰る場所」というのはあるものだと思う。
帰る場所は必ずしも1つではないだろうし、必ずしも「建物(家)」であるとは限らない。
私にとって、帰る場所は、たくさんある。
前回書いた、日野市のアパート跡地(今はマンション)だって、もし近くを通ることがあればきっと立ち寄ってしまうだろう。
八王子の塾(今はもうない)も同じだ。
高校時代に留学していたオハイオ州の家も、もはやホストファミリーは住んでいないが、私にとって帰る場所の1つだ。
昔住んでいた鎌ヶ谷グリーンハイツもそうだし、かつて住んでいた東中沢の実家も、たとえ建物がなくなっても、帰る場所であることに変わりない。
また、帰る場所は住んでいた家ばかりではない。
通っていた幼稚園も、小学校も、中学校も、高校も大学も、みんなでよく行ったラーメン屋も、バーベキューした河原も、営業で廻った街も、勤めていた会社のビルも、みんな私にとっては「帰る場所」だ。
要するに、帰る場所は、自分の記憶の中にあるのだ。
記憶の彼方にある「思い出」こそが、「帰る場所」なんだと思う。
そういう思い出たちを呼び戻すためのきっかけが「帰る場所」なんだと。
だから、帰る場所は、たとえ建物がなくなっても、その当時にいたはずの人達がもはやいなくなっても、自分の中に「忘れまい」という「意志」がある限り、なくなったりはしない。
その価値は、私自身が認めていれば良いのだ。
そういう「帰る場所」を、ずっと大切にしようと思う。