昨夜、久しぶりに流れ星を見た。
去年の夏に運転代行をやめてから、やっぱりというか、当然というか、夜な夜な愛車デミオで当てもなく走り回るという「癖」が復活してしまった。
昨日は国道6号を柏方面に北上し、その勢いで手賀沼を大回りで一周してきた。
流れ星を見たのは、ちょうど手賀沼の道の駅のところの船取線を横切ろうとした時だった。
暗い夜空の中、進行方向のほぼ正面、やや上から真下へ、白い光の線が「ス~ッ」と流れた。
思わず「お~っ!」と声を上げてしまった。
最近の私は、宇宙に思いを馳せることがよくある。
最初の生命はどうやって生まれたのか?
広い宇宙には、他にも生命はいるのか?
宇宙には「外側」はあるのだろうか?
あるとすれば、そこはどうなっているんだろう?
そんなことを考えてしまう。
この宇宙には、いくつもの「銀河」があって、我々がいるのはその中の1つ、「天の川銀河」だ。
ちなみにお隣は「アンドロメダ銀河」である。
「天の川銀河」の中のほんの僅かな空間に我々の住む「太陽系」がある。
宇宙が、例えばバスケットボールくらいのガラスの球体だとして、それが目の前にあって、そのガラスの中に宇宙空間が広がっているとしよう。
多分、太陽系は小さすぎて肉眼では見えないだろう。
そんなちっぽけな太陽系の第三惑星「地球」の上に、さらに「大陸」がいくつかあるのも見えないだろうし、さらにその内の1つの「ユーラシア大陸」の東の端っこに「日本」という国があるのも、当然見えないだろう。
広い宇宙から見れば、我々の住んでいる場所はこんなにも小さい。
しかし、この小さな国にも、「1億2千万」人もの人間が住んでいる。
地球という星全体では、人間だけでも「69億」人近くいる。
そして、その1人1人の人生に、それぞれの「ドラマ」があるのだから驚きだ。
さらに言えば、1人1人の人間の身体には、「約60兆」個の細胞があって、それらが懸命に生きようとしている。
人間本体が生きることを望もうと望むまいと、1つ1つの細胞は確実に生きようとしている。
1つの細胞には「核」があり、その中には「23」対の「染色体」がある。
染色体を紐解いていくと、「A」「G」「T」「C」の4種類の塩基が2つで1組となるつながりが「30億組」あり、これが「DNA」を構成している。
それがタンパク質を作る設計図となり、命を子へ子へと繋いでいる。
そういう設計図となる30億組の塩基のつながりが、1人1人の人間の身体の60兆個の細胞全てに含まれているのだ。
もう、訳がわからん。
宇宙を外から見ているとしたら、想像もつかないくらい小さな世界だ。
しかし、そういうミクロな世界が自分の身体の中で展開しているのも事実だ。
宇宙からDNAまで、この驚異の世界は自然にできたのだろうか?
あるいは何者かが、何かしらの意志を持って作ったのだろうか?
どちらにしても、不思議だ。
流れ星を見ると、そういう奇跡のような世界に自分がいることを思い出す。
自分は生きているんだな、ということを思い出すのだ。