昨日、運転代行の相棒ドライバー「Aさん」がシートベルトの取締りで切符を切られた。
私は助手席に座ってシートベルトは締めていた。
そもそも、シートベルトをしていなかったAさんに非があるのは否めない。
取締りがあろうとなかろうと、命を繋ぐシートベルトだ。
車に乗ったら必ずシートベルトを締める、というのが大半の人にとっての常識だろう。
しかし、警察がシートベルトを取り締まるのは、どのような意図によるものだろうか。
スピード違反、飲酒運転、一時停止違反、携帯電話による脇見運転…
これらはいずれも「事故につながる」から、「事故を減らすため」に取り締まるのは理解できる。
しかし、シートベルトはどうか。
シートベルトをしていてもしていなくても、それが直接「事故につながる」ようには思えない。
「事故につながる」というより、「事故が起きた時の被害の大小に影響がある」という方が納得できる。
これは、バイクのヘルメット着用も同じことだ。
しかし、昨日の警官は「シートベルトをしていないと事故につながる、だから取り締まっているのだ」という趣旨のことを言っていた。
どういう了見だろうか?
好意的に解釈すれば、「事故につながる」ではなく「重大な事故につながる」ということなのだろう。
10年以上前までは、交通事故による死亡者数は年間1万人近くだった。
それがこの10年の間にみるみる減っていき、昨年(2009年)はついに5000人を割った。
それには、もちろんシートベルト取締りの強化が一役買っていると言えるだろう。
しかし、それでも、やっぱり「シートベルト取締り」は余計なお世話な気がする。
アメリカでは、州によって「バイクのヘルメットは着用してもしなくても、どちらでも良い」ということが法律としてわざわざ明記されているという。
つまり、「運転そのもの」に影響がなければ、事故が起きた時の被害の大小については「自己責任」とすべきで、ヘルメット着用も個人の自由ということらしい。
しかし日本では、ヘルメットもシートベルトも着用が義務付けられており、違反すれば切符を切られる。
「違反」とまでしなくても、シートベルトに関しては「注意」で済ませるので良いのではないか?
シートベルトをしていなくて、死なずに済んだところを死んでしまえば、もちろん、事故の相手にも、家族にも、知人にも、仕事の関係者にも、みんなに迷惑がかかる。
しかし、それは自殺も同じことだ。
自殺は、本人はいいかもしれないが、たいてい他人に迷惑がかかる。
では自殺は他人に迷惑だからといって、自殺未遂をした人を取り締まるのか?
警察がやるべきは、「法律だから守りなさい」などと頭ごなしに取り締まることではなく、シートベルトをしていないことがどれほど危険なことかを知ってもらう努力をすることではなかろうか。
シートベルトの着用は「自己責任」によって、また同時に「社会的なモラル」によって、自ら励行されるべきものだと思う。