9月11日の記事に対して、読者から個人的な感想を頂戴した。
「人に何かを分からせる」とか「人を成長させる」というのは、違うのではないか、という感想だ。
人は自分で分かるのだし、自分で成長するものだ、という考えだ。教師が「分からせる」とか「成長させる」という表現は、おこがましさを感じさせる、というのだ。
なるほど。その通りだ。
しかし、英語を教えていると、生徒が自分で何かを分かろうとしても、なかなか「分かれない(理解できない)」ことがある。
生徒が自分で成長しよう努力しても、なかなか「成長できない」ことがあるのだ。
教師は、なぜその生徒が理解できないか、なぜなかなか成長していかないか、よく観察して原因を探してやらなくてはならない。
同じ文法の説明を読んで、理解できる人と理解できない人に分かれるのには2つの原因がある。
1つは説明の仕方そのものが悪いということ。
もう1つは、説明を読む人が、読みながら適切な頭の使い方をしていないということである。
教師は前者の改善を試みるだけではなく、後者の改善にも試みるべきだ。これが「人に何かを分からせる」ということだ。
〈続く〉