お彼岸の入りを境に、あの酷暑がぴたりと止まり、今日も涼しい風が吹いています。朝から入れていたエアコンもお彼岸以来入れることなく、ありがたいことです。

 

暑さ寒さも彼岸までと昔から言われていますが、その要因は日照時間の減少だと聞いて、なるほどと納得しました。

 

私のひどい夏バテも少しずつ回復して、やっと体力と気力の9割ぐらいが戻ってきました。発症したのは8月22日なので、ちょうど1っか月です。こんな長い落ち込みは初めてで、私も年齢を考えないとと反省しています。エアロ教室は9月いっぱい休みにしたり、コーラスも延期したりと、周りに散々ご迷惑をおかけしました。

 

境内の酔芙蓉が、満開になっています。でもこれは遅すぎます。

8月の終わりくらいから咲き始めるのですが、今はもうお彼岸。いつも咲くヒガンバナはまだ咲いていません。花の中でもヒガンバナは、時期を間違えない花と思っているのですが、今年の暑さは異常だったので、さすがの彼岸花もおかしくなったようです。

まだまだ真夏日は来るようですが、私も自分の体を過信しないように生活していきたいと思います。

 

無茶苦茶暑かった8月も終わり、9月になりましたが、私は今夏バテの後遺症で苦しんでいます。自他ともに認める元気印の私、年間、風邪もひかずに暮らしている私にとって初めての経験です。

 

お盆までは普通に暮らしていました。15日には大施餓鬼で仏教讃歌を歌い、やれやれと行事を終えました。16日に送りの法要を済ませると,翌日17日には東京の娘が、小2の孫を名古屋まで送ってきました。この子の兄が検査入院するので、日程はこちらから指定できないのです。

 

それから一週間、イオンに買い物に連れて行ったり、津市にあるおやつタウンへ連れて行ったり、大内山の室内プールへ連れて行ったり、毎日退屈しないように計画を立て、私なりに頑張りましたが、金曜日に東京まで送って行って帰ってきたら、疲れから38℃の発熱。

 

翌23日にお医者さんで解熱剤を出してもらい、熱はすぐに下がりましたが、翌24日から顔の左半分が赤く腫れてきたのです。、ちょうど歯医者さんで定期健診受ける日だったので、診てもらったら、昔の治療痕からばい菌が入って、体力の低下とともに、一気に腫れてきたのというのです。

 

治療痕から,膿を出してもらい抗生剤を飲んで、何とか1週間で腫れは引き、元の顔に戻りました。

 

今は、咳が一週間ぐらい続いたせいで、脇腹の筋肉痛が残りました。湿布薬を貼ってひたすら痛みが引くのを待っています。

 

こんな騒動で、私の8月末から9月にかけてのスケジュールは、全滅です。こんなにキャンセルしたのは初めてですが仕方ありません。

 

境内は、暑さにめげずに百日紅が最後の花を咲かせています。

 

こん回の病気で、倦怠感というのを初めて経験しました。

早く元の生活に戻りたいです。

 

 

 

朝から暑さが厳しい今日15日、大蓮寺の大施餓鬼法要が行われました。私は例年のように法要が始まる前の10分間をもらって仏教讃歌を歌いました。

今年の大施餓鬼法要はたくさんの方がお参りくださり、60人以上いらっしゃったようです。

 

歌った歌は 「み魂まつりの歌」「いのち」の2曲です。

歌の前に解説を入れて歌いました。毎年同じように歌っていますが、聴いてくださる方は毎回違う人たちなので、歌いがいがあります。日本全国広しといえども、施餓鬼法要に歌が入るのは大蓮寺ぐらいかと思います。

 

8月6日の広島の日、8月9日の長崎の日、それぞれ記念式典をテレビで見ていました。

 

広島の、小学6年生の子供たちによる言葉は、毎年ながら聞いていると目がウルウルします。きれいな滑舌できれいな声の反戦の言葉を聞いていると、日本にはこんな子供たちがいるならまだ大丈夫だという気持ちになります。

 

今年は特に広島県知事さんの言葉が胸にささりました。「核抑止力」という、よく言われる言葉は、フィクションだという部分です。

万有引力の法則のような絶対的な法則ではなく、頭の中で考えた概念(フィクション)で、それは簡単に破られる例を過去いくつも見てきたはずだというのです。核抑止力を叫ぶ人に反論したくてもいい言葉が見つからないと思っていましたが、まさにこれだと思いました。もやもやしていた気持ちがふっきれました。

 

若い人に人気の参政党の議員になった女性が、核は安上がりの武器だと言っていましたが、何を根拠に安上がりなのでしょうか。核爆弾を製造維持するには莫大な費用が掛かる上に、核以外の武器を捨てるわけにもいかないからです。きれいな顔をしてさらっと嘘を言う人は、それに騙される人がたくさんいるのかと思うと、危険な存在です。

 

日本は戦後80年たっても、あの戦争はどうして始めたのか、100%負けるとわかっていた戦争をどうして始めたのか、そのあたりの検証はずっとあいまいでした。でも遅すぎることはないから、これからでも検証してほしいと思います。