昨日、遅れてきた年賀状数枚を見ているとその中に、50年以上年賀状のやり取りをしている恩師の訃報を知らせる一枚がありました。私はびっくりして、しばらく心が固まったようになりました。悲しい風が吹き込みました。
その先生は、私が三重大学音楽科の4年生の時、教育実習の指導教官として出会いました。当時の三重大は最初は付属中学で教育実習をして、その後地域の協力校に行きます。私は鈴鹿市の中学校に割り当てられて行きました。その時に出会ったのがN先生です。
年齢を逆算するとその当時先生は36歳でした。家庭を持った共働きの女性でした。音楽だけでなく先生のクラスのホームルームなども担当させていただきましたが、先生は私が今まで出会ったことがないほど、素晴らしい先生でした。三重大音楽科の先輩でもあったのですが、生徒一人一人の細かいことまで気を使い、やさしい心遣いの指導をされていました。
すっかりその人柄に魅了された私は、教育実習終了後もお付き合いをしていただき、年賀状はそれから50年以上出させていただきました。
私は非常勤の先生にはなりましたが、先生のように生涯教職を勤めることはできませんでした。お寺の住職と結婚すると知らせたときには、「あなたならきっとできます」と、応援してくれましたし、仏教讃歌に出会ってCDを出した時も「素晴らしいですね」と最大限のお褒めをいただきました。
私がバッハ合唱団に入って、定期演奏会に出るようになったら、毎回招待状をお出ししました。先生のお住まいは鈴鹿市だったので、会場の津市までは近く、いつも聴きに来てくれました。
去年の年賀状には、「最近足腰が弱って、外に出るのがおっくうになりましたが、元気です」とありました。私は何も知らずに2026年の年賀状を出しました。まさか亡くなっているとは夢にも思いませんでした。
そして昨日、先生の娘さんと思われる人から、年賀状のお礼と、先生が昨年4月に亡くなられたことを知らせるはがきをいただきました。なんとその1か月前に95歳でご主人が亡くなり、後を追うように90歳の先生が亡くなられたというのです。
私は今76歳、夫は81歳です。これから先のことを、いろいろ考える時期になりましたが、先生の人生の終わらせ方は私にとってお手本になると思いました。穏やかで優しい先生でしたから、ご主人とも仲良く暮らされたのでしょう。ちょうど私たち夫婦と同じ5歳違いのご夫婦だったのですね。ご主人を送ってそのあとひと月でで亡くなられるなんて、ちょっとまねできないことです。
昨日は、いてもたってもいられず、先生のご遺族様宛にお悔やみ状を書きました。毎年年賀状に書かれていた先生のお言葉「あなたのご活躍を楽しみにしています」に込められた思いを大切にして、これから生きていきたいです。
息子の勤める森林組合経由で、クスノキの薪をもらいました。息子によるとクスノキは、薪として大変優れているらしく、樟脳の原料になる木なので、燃やすと芳香がするらしいです。でも実際に燃やせるのは乾燥させて2年後ぐらいです。
これからは寒波が何度も来るらしいですね。朝も7時ぐらいにならないと明るくならないので、余計に寒い気がします。もう少しの我慢ですね。