割と暖かい日曜日の今日は大蓮寺の大般若法要の日でした。

一昨日も昨日も暖かくて、準備の掃除をするのが楽で助かりました。年によっては、小雪が舞うような日もありました。池に氷が張ることもありましたが、今日はぽかぽかで、来ていただく人にも良かったともいます。

 

ご詠歌の梅花講の人たちが5人とお嫁さんも加わって6人がご詠歌を唱えてくれました。

 

この教区の住職さんたち7人が、太鼓に合わせて大般若経を転読します。口々に、悪いものが退散するという意味のお唱えをとなえます。数年前から住職さんたちも世代交代して若い人が多く、声のボリュームもあって、なかなかありがたい祈祷です。

 

寺の行事は、この大般若を皮切りに毎月続きます。来月は2月15日の涅槃会です。涅槃会が終わると春が近いなあという気になりますし、3月20日はお彼岸で、本当の春が来ます。3月28日(土)には桜コンサートを予定していますが、桜がちゃんと咲いてくれるか、イチかバチかという感じです。

4月8日は花祭りで、春爛漫になるはずです。

 

今から節分までが一番寒い時期ですね。もう少し辛抱して春が来るのを待ちましょう。

 

 

昨日、遅れてきた年賀状数枚を見ているとその中に、50年以上年賀状のやり取りをしている恩師の訃報を知らせる一枚がありました。私はびっくりして、しばらく心が固まったようになりました。悲しい風が吹き込みました。

 

その先生は、私が三重大学音楽科の4年生の時、教育実習の指導教官として出会いました。当時の三重大は最初は付属中学で教育実習をして、その後地域の協力校に行きます。私は鈴鹿市の中学校に割り当てられて行きました。その時に出会ったのがN先生です。

 

年齢を逆算するとその当時先生は36歳でした。家庭を持った共働きの女性でした。音楽だけでなく先生のクラスのホームルームなども担当させていただきましたが、先生は私が今まで出会ったことがないほど、素晴らしい先生でした。三重大音楽科の先輩でもあったのですが、生徒一人一人の細かいことまで気を使い、やさしい心遣いの指導をされていました。

 

すっかりその人柄に魅了された私は、教育実習終了後もお付き合いをしていただき、年賀状はそれから50年以上出させていただきました。

 

私は非常勤の先生にはなりましたが、先生のように生涯教職を勤めることはできませんでした。お寺の住職と結婚すると知らせたときには、「あなたならきっとできます」と、応援してくれましたし、仏教讃歌に出会ってCDを出した時も「素晴らしいですね」と最大限のお褒めをいただきました。

 

私がバッハ合唱団に入って、定期演奏会に出るようになったら、毎回招待状をお出ししました。先生のお住まいは鈴鹿市だったので、会場の津市までは近く、いつも聴きに来てくれました。

 

去年の年賀状には、「最近足腰が弱って、外に出るのがおっくうになりましたが、元気です」とありました。私は何も知らずに2026年の年賀状を出しました。まさか亡くなっているとは夢にも思いませんでした。

 

そして昨日、先生の娘さんと思われる人から、年賀状のお礼と、先生が昨年4月に亡くなられたことを知らせるはがきをいただきました。なんとその1か月前に95歳でご主人が亡くなり、後を追うように90歳の先生が亡くなられたというのです。

 

私は今76歳、夫は81歳です。これから先のことを、いろいろ考える時期になりましたが、先生の人生の終わらせ方は私にとってお手本になると思いました。穏やかで優しい先生でしたから、ご主人とも仲良く暮らされたのでしょう。ちょうど私たち夫婦と同じ5歳違いのご夫婦だったのですね。ご主人を送ってそのあとひと月でで亡くなられるなんて、ちょっとまねできないことです。

 

昨日は、いてもたってもいられず、先生のご遺族様宛にお悔やみ状を書きました。毎年年賀状に書かれていた先生のお言葉「あなたのご活躍を楽しみにしています」に込められた思いを大切にして、これから生きていきたいです。

 

息子の勤める森林組合経由で、クスノキの薪をもらいました。息子によるとクスノキは、薪として大変優れているらしく、樟脳の原料になる木なので、燃やすと芳香がするらしいです。でも実際に燃やせるのは乾燥させて2年後ぐらいです。

 

これからは寒波が何度も来るらしいですね。朝も7時ぐらいにならないと明るくならないので、余計に寒い気がします。もう少しの我慢ですね。

いろいろ事件もあった2025年は暮れ、2026年が始まりました。

 

2025年の最後は除夜の鐘です。

風が少しあったので、火をたくのも最小限にしました。2025年はあちこちで火事があって、怖さも身に沁みました。

いくら火があっても寒いのは変わりなく、寒さをこらえながら、お嫁さんと今年社会人になった孫が主に鐘を撞いて、私は火の番をしました。鐘を撞きだすと、バラバラとお客さんが鐘撞と参拝に来てくれます。12時を過ぎたら本堂で新年祈祷が始まります。12時を過ぎるとお客さんへのあいさつが、こんばんわ から あけましておめでとうに代わります。

108回撞いたところでおしまいです。去年の大みそかに鐘を撞いたのが最近のように思われて、月日の経つ速さを思います。お客さんも50人以上来てくれました。

 

朝になると元旦の朝ごはんが始まります。家族で揃って新年のあいさつをします。私はいつものごとく、縁起物だけをお皿に並べ、お雑煮とお屠蘇で祝います。

お屠蘇は清酒とみりんを半々に入れてそこに屠蘇散を、紅茶のティーバッグのように漬けます。一晩漬けこみます。漢方薬の香りのする甘いお酒は、私の好物です。日本酒は飲まないのに。お屠蘇は大好きとは、何とも不思議です。

 

このお屠蘇の話を私の知り合いの人に話しても、誰も知りません。みんなお屠蘇と言って何を飲んでいるのでしょうか?私は実家の母が毎年作っていたのを見て覚えたのですが、屠蘇散を頼む町内のお酒屋さんに聞いても、屠蘇散を欲しがるのはうちだけだそうです。

 

去年は、8月の末にひどい夏バテになって、9月いっぱい療養生活?を強いられました。あのつらかったことは二度とご免ですので、今年は気を付けて、健康を維持したいと思います。寒さが厳しい日々が続きますが、皆さんもお体に気を付けてお過ごしください。