昨日は5月の別名の通り、風薫るさわやかな一日でした。私はマーヤの会のメンバー4人と一緒に、鳥羽市の答志島へお葬式に出かけました。ドライブ旅行ならこんな楽しいことはないのですが、昨日のお葬式は私より10歳も年下の寺族さんのお葬式でした。
私は10年以上前ですが、頼まれて若い寺族さんたちにご詠歌を教えていました。寺で暮らす以上、寺に梅花講があるなら奥さん(寺族)は、避けて通れません。うちのお嫁さんも一緒に数人の若い寺族さんを集めて松阪市の寺のお座敷をお借りして教えていました。答志島の寺の奥さんもその中の生徒の一人でした。
彼女とは縁があって、寺族会で寺族中央集会に一緒に参加もしました。おっとりして優しい人でしたが、彼女は生まれつき病気がちで、食も細く、永平寺で出された精進料理も少ししか食べられませんでした。いろんな薬を常に飲んでいて、大丈夫かなと心配な人でした。
梅花の教室が終わってからは、年賀状のやり取りをするお付き合いでしたが、3年前の件の梅花大会で、その寺の講員さんたちはみえているのに、奥さんの姿が見当たりません。講員さんに聞いてみたら、骨折?もあって、もう歩けない状態だということでした。
その後は病気との闘いの日々だったらしく、だんだん衰弱して5月6日についに亡くなられました。お葬式の最後に息子さんがあいさつに立たれ、病弱な母でしたが、私たちをしっかり育ててくれて感謝していますという旨のことを言われ、マーヤの会のメンバ皆涙を流しました。この人の人生後半はつらく厳しいものだったのだと改めて思いました。
鳥羽市までは行ったことがありましたが、答志島は初めて行きました。青い海にいくつもの島があり、その景色の素晴らしさはまさに観光地、日本中でも屈指の景観だと思います。鳥羽から市営の連絡船に乗り15分ほどで和具港に着きます。そこから歩いて15分ほど、小高い山のふもとにその寺はありました。
連絡船は2時間に一本しかありません。JR紀勢線も昼間はそんなものですが、離島は車がつかえないから、不便さは比較しようがありません。そんなところから私のご詠歌を習いに来てくれたのかと、改めて当時を思い出しました。
生まれつき体が弱いことは、本人の努力ではいかんともできなかったのでしょうが、それでもいつもやさしいにこにこしたお顔で暮らされたこと、立派に息子さんと娘さんを育てられたこと、寺の行く末を見届けて旅立たれたことなど、感じ入ることが多い一日でした。こうして丈夫な体で年を重ねられる幸せを今一度かみしめています。
これからは暑い日が多くなるそうです。皆さまお体を大切になさってください。
