昨日1月31日(日)午後、私はコーラスの団員さんたちと一緒に紀北町にある、海山公民館でで行われた波の会のコンサートに行ってきました。波の会というのは、この地方(東紀州地域)で活動する演奏家たちのグループです。
このコンサートは、この春から私のピアノ伴奏者としてお願いした紀北町紀伊長島のピアニストの方から教えていただいたものです。私の住む大紀町から紀伊長島までは、今までは荷坂峠というかなり危ない峠を越えなければいけないので、距離的には松阪よりずっと近いのに、心理的に荷坂峠が壁になっていて、なかなか気軽には行きにくい所でした。
しかし、最近尾鷲まで高速道路が開通し、この事情は劇的に変わりました。30分ぐらいかけて荷坂峠を超えて紀伊長島に行っていたのが、トンネルが多いとはいえ10分ぐらいで紀伊長島ICつきます。
この海山公民館も昔なら50分ぐらいのところを、25分くらいで到着です。そしてそこで、私は約35年ぶりになつかしい声楽の先生にお会いしました。コンサートのパンフに、この先生のお名前を見つけたときは、もしやと思いましたが、やはりその方でした。
今から35年ほど前、子育て真っ最中で、自分の歌の勉強はお休み状態だったころ、夫の勤める高校の先生仲間の奥さんで、ある声楽の先生を知りました。その先生に連絡を取って、私も勉強したいと言ったところ、その先生の勉強会(あきつ会)に誘ってもらいました。
月に一度ほど、恩師である上野学園大の声楽の大内悌子教授を松阪に招き数人で勉強会をしていらしたのです。それから5年ほど私も一緒に勉強させてもらいました。演奏会もしました。
しかし大内先生は高齢であったため、其の後御病気で亡くなり、あきつ会は解散しました。そこで知り合った何人かの人とはその後、多気音楽協会などで顔を合わせる機会がありましたが、最初にきっかけを作ってくださった紀伊長島の先生とはそれきりになっていたのです。
昨日のコンサートではその先生も歌われました。70才になってみえるとかで、以前ほどの声量は無理でしたが、でも年令を重ねたこその、説得力のある歌は、さすがでした。若い人にはまねのできない歌でした。
コンサートの後、ロビーで先生に声を掛けたら、びっくりしてみえました。私は66才になったのですが、まだ歌っていますと申し上げたら、とても喜んでくださり、また一緒に歌いましょうと言ってくださいました。
高速道路がプレゼントしてくれたような紀伊長島や海山との縁、そこから可能になった様々な音楽の輪。今年はうれしいことが次々とやってきて、やった~という気分です。