少し前のブログで、ドイツ人僧侶、ネルケ無方さんの本を読んだ感想を書きました。最初日本の社会を見て、すごい多神教にあきれたということでしたが、そこから日本の寛容の精神をわかるようになって、日本の素晴らしさを見直したという本です。


 最近、この本に書かれているようなことを体験しました。四日市市にある私の実家は、母が亡くなった後、跡を継ぐ弟が海外赴任のため、空き家状態でした。しかし弟も定年を迎え帰国することになり、古くなった実家は新築されることになりました。


 地鎮祭をするという知らせを受けて、久しぶりに実家を訪ねました。本来、地鎮祭は建物を取り壊した後で、更地にしてからするものですが、まだ海外赴任中の弟は日程的に何度も帰れないので、建物を取り壊す前に、取り壊し工事も含めて工事の安全を祈る形で行われました。




 尾張猿田彦神社から来てもらったという神主さんに祈祷してもらいました。写真は古い家の玄関の前で、お神酒を注いでいるところです。お神酒と塩と、色紙を小さく切ったものを、敷地の4隅に撒いています。




 神仏混合状態を表す写真です。家の中に祭壇を組み、祈祷するのですが、扉が閉められていますが、祭壇の横には仏壇があります。この仏壇については3か月ほど前に、私の夫(住職)が精抜きのお経をあげてあるので、ここはもうただの入れ物ということになっているのですが。


 この神主さんは、建築業者が手配して来てもらっており、業者さんもこうした祈祷をきちんとしないと気になるのでしょうし、施主側もこれで安心という感じなのでしょう。祭壇には生の野菜と果物、それに仏教ではまず供えない「スルメ」が供えてありました。


 かなり丁寧な祈祷で、1時間弱かかりましたが、私はそばでじっくり神道の祈祷を見るのは初めてなので、興味深く観察しました。日本ではごく当たり前に行われている神道による地鎮祭。これを外国の人が見たら、なんと思うでしょうか。宗教という感じは今一つしませんが。不思議な日本の光景です。


 ちなみに、寺の庫裡や書院を建築するときは、住職が祈祷しました。


 前回のブログ(野菜の料理)を書いたころから、私の食事は、だし程度の畜肉も完全になくなり、今は魚と大豆製品になりました。内容的に変化を感じるほどではない量ですが、ほとんど気持ちの上ですが、おなかがいつも軽い状態です。それと、これも気持ちの上ですが、かわいい動物を(あの大きな牛も、目は黒くて大きくて、とてもかわいいと思います)私は傷つけないでいると思うと、心が穏やかになります。


 それから、スーパーで売っている大豆製品が時々品切れなっていることから、野菜食が案外ブームになっているかなと期待しています。


 お盆頃にたくさん放映された戦争に関するドラマでいつも出てきた、極限の飢餓。生命を維持することすらできなかった飢餓で命を落とした人がたくさんいたのに、今や飽食グルメブーム。あの苦しんで死んでいった人たちが,これを見たらなんと言うでしょうか。食べ過ぎて病気になって薬を買う人、高い医療費を使う人にはもっと反省してほしいです。