デカいオルガンに陶器のような白いハープ、太陽光が降り注ぐ窓ガラスに式場を彩る花々、
そわそわと話しながら落ち着かないゲスト達を横目に、左右に分かれた座席の右側前列で新郎新婦の入場を待ちながら物思いに耽る。

式場に来る最中、車の中で父親は言った。
「お前と同い年の従兄弟が結婚だぞ結婚。なんとも思わんのか?あれが普通に生きてる真人間だ」

「見たら結婚したくなるかもしれんぞ」

劣等感や負い目的なものを駆り立てようと思って言った台詞なのだろう。
ただ湧いてきていたのは純粋な祝福の気持ちだけだったので、
「めでたいと思う」とだけ返した。気に入らなそうに鼻を鳴らす音が聞こえた。

性格が良すぎるので祝福の気持ちだけが湧いていたわけではない。
恋愛というコンテンツが僕の人生において他者に劣等感を感じる物では無かっただけだ。
(元々は持ち合わせていて、気づかないうちに無くなってしまっただけかもしれない)

友達がスポーツの地区大会に出るとか、藤井聡太がタイトルを取るだとか。
めでたいことは分かるけれど自分が劣等感を覚えられる興味の土俵には無く、
めでたい意外の感情を持ち合わせようがなかったのだ。


思い返してみれば、元々こんな性格だった。
学生時代は陰キャオタクの例に習い、"リア充死ね殺す"等の陰キャ語テンプレートを
口が擦り切れるほど擦っていた。

しかし、実際のところは
"自分と同年代の人間が幸せそうであること"
に対しての妬みや僻みこそ強く持っていたものの、
"恋人がいる"
という定義のリア充を妬む気持ちは持ち合わせていなかった。


高校時代に数少ない友達数人が女の子と付き合う事になった時も、
口ではなんやかんや言いながらも祝福意外の感情は特になかった。

人を好きになった経験はおそらくあるはずだ。
しかし具体的にその先に何かを望んでいた試しはない。
"推し"と何が違うのか説明しろと言われたらそれは不可能だ。

故に彼女が欲しいと思えたこともなく、自分ごときが何かを異性に求めるなどと過ぎた考えが湧く思考回路が存在せず、理解ができない。

恋愛対象として自分が人に何かを求める・求められるとは一体どういうことなんだ・・・
恋愛とは一体・・・

と、ふいに10年前に済ませておけという思春期的思索が大音量に打ち切られる。

デカいオルガンが期待を裏切らない爆音を奏で、目が痛くなるほど白いハープがテロレロと旋律を紡ぎまくると、ガチャリと巨大なドアが開き、そこから幼少期と変わらぬ照れ笑いを見せる従兄弟と、友達に手を振りながら幸せそうに笑顔を振りまく花嫁が入場してきた。

2人は腕を取り合い、ゆっくりと花で彩られたバージンロードを歩く。
新郎の友人たちは子供のような無垢な笑顔、新婦の友人たちは謎のドヤ顔や泣き面で、共に盛大な拍手を贈っており、近親者たちは長年の成長に思いを馳せるような面持ちで、小さな拍手で見守っている。

セレモニーは淡々と進み、指輪交換や外人神父によるカタコト日本語の祝言が終わると、
遂にその時は来た。

従兄弟は背筋を伸ばし、キュッと口元を引き締め、顎を引きながら花嫁のベールを上げる。
座席からそっと喜色の声が上がる。


照れながら、無言の合意を得るように関係者たちの座席を見渡すと、一泊の間を置いて、
伸ばした背筋を丸めるように、そっと顔を近づいてゆき・・・・・






💏chu❤





(え゛っ!?僕の従兄弟が知らない女とキスしてる)



一段上から物事を見ていたような頭の中のモノローグは瞬時に吹き飛び、
共に幼少期を歩んだ男が知らん女とキスしてる光景に塗り替えられる。



(叔父ちゃん!!!叔母ちゃん!!!息子チューしてますよ!!!!!!)


26歳年齢=彼女いない歴の純情新品未開封(経年による劣化あり)の脳みそにはキスシーンは想像以上に刺激的だったのだ。
前方の叔父と叔母の顔を伺うも、照れくさそうに笑いながら静かにハンカチを目元に当てている。

隣に視線を移し、弟を伺う。
(お前にはまだ早いだろ!!!こんなもん見ちゃダメだよ!!!!)
そんな兄の心の叫びが届くはずもなく、後方彼氏面でキスシーンをしみじみと眺めている。

どう考えても早いのは僕だけだ、マイカーの助手席に女を取っ替え引っ替え乗せている弟に
彼女もいたこと無い奴がする説法などあろうはずもない。

誰よりもこの時間を永遠に感じていただろう。
永遠ていう言葉なんて知らなかったよね。。。

 

気づけば感動と照れに包まれる式場の中、
僕だけが授業参観で親を見つけた子供のようにキョドキョドしていた。

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セレモニーが終わり、披露宴が始まっても頭の中は同じ光景ばかり。

運ばれてくる料理を無心でパクついてみるも、共にウルトラマンごっこをし、山を駆け回り、お風呂でちんぽを引っ張り合っていた従兄弟が、初見の女とキスをしているシーンが頭から離れない。

もちろん、現実にキスが存在することは知っているが、
フィクション以外でそんなシーンを見たこともなければ、体験したこともない。

幸せな光景であるはずだが、いざ身内に目の前で繰り広げられると、
まるで事故を目撃したような、現実離れした衝撃として脳裏に叩き込まれる。

(本当にキスをするものなのか・・・しかもこんなにも僕と親しい間柄の人間でも・・・)

幼少期を共に過ごし、育ってきた従兄弟を相手に
まるで図鑑でしか見たことのない生き物の生態を目撃したような気持ちを抱いた。
本来図鑑に乗るべきは僕のほうだ(ざんねんな生き物事典)


新郎新婦による親への感謝、叔父のスピーチなど、感動のお気持ち総決済が始まった所で
ようやく披露宴の内容に頭が追いつくようになったが、

「育ててくれてありがとう」やら「家庭を持つということは」等、キスシーン驚愕男には到底理解不能な高級言語でのやり取りが織りなされており、一瞬で宇宙猫と化し、キスシーン驚愕宇宙猫が誕生した。同じ言語のはずが何を言っているか一切理解できず、バベルの塔が崩壊したのかと思った。

バベル崩壊から程なくして大団円祝福ムードの中で披露宴が終了し、

人生初の結婚式出席が幕を閉じた。


父親はどうやら結婚式を見て僕の恋愛観が変わることを望んでいたようだが、
式が終わってもより純度の高い"めでたい"という気持ち以外に湧いてくる気持ちはなく、
学べたのは"年齢=彼女いない歴に生キスシーンは早い"、"コース料理で野菜のテリーヌが来ると困る"という事くらいだ。

僕の主観では恋愛や結婚が幸せなことなのかは分からない。
ただ、本人たちは幸せを体現していて、みんなもそれを祝福していて、
僕も祝福したいと思えているなら、素直に祝福するべきだろう。

結局、恋愛や結婚に関して何一つ自分の可能性としての実感を得ることはなかったが、
身近な人間の幸せを願うことができる程度には僕が真人間であった事だけは思い出せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

珍しくスーツ着てる所を撮ってもらった供養

 


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そのノウハウの全てを月額4500円のオンラインサロンで教えちゃいます!みたいな僕

 

岩倉使節団みたいな僕