小学生の頃、クラスでペットが流行り、皆が犬や猫、ハムスター等を
買ってもらっていた時があった。
しかし我が家ではペットが欲しいと言っても一向に母親に相手にしてもらえず、
「動物は買うものではなく巡り合うもの。
どうせ飼っちゃえばうちの子が一番かわいいんだから」
「うちが拾わなきゃどうしようもなかった子だったら飼ってもいいよ。
人間が他に飼い主を探しているような子はなんとかなるからダメ。」
等と言われ、どうせ貧乏だから飼わない理由を言っているだけなんだろうなと
思っていた。
小学5年生のある日、公園でボロボロの黒猫の子猫を見つけた。
すぐさま動物病院につれて行き、我が家で保護することになり、
あっという間にうちの子になった。今年で17歳だ。
大人になるにつれ、「ペットショップで動物を買う事の善し悪し」や
「飼ってしまえばうちの子が一番かわいい」ということを理解するうちに
小学生の頃、母親が適当にペットを飼わない理由を言っていたわけではないということを
理解した。
"買うでもなく恵まれない子を探しに行くでもなく、
運命的に我が家が助けるしかなかった子は我が家で面倒を見よう"
という意味合いだったのだ。
今となっては母親の言う
「動物は買うもんじゃない」という信条を割と気に入っているし、
どういう意図が含まれていたのかもきちんと理解している。
もはや受け継がれて僕の信条と言っても良いレベルだ。
だからこんな高級な生き物とは一生縁はないと思っていた。
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僕のフィールド上のカード全てがアクセスコードトーカーに破壊されている時だった。
珍しくスマホが鳴った。弟からの着信だった。
『チンチラ拾った!今すぐマンションの下に何かカゴ持ってきて!!!』
「はぁ・・・?まぁ了解。」
また猫を拾ったのか・・・チンチラ、たしか毛が長いペルシャ系の奴だよな・・・
そう思いつつ猫用のキャリーケースを押入れから引っ張り出す。
次のディスティニードローで勝てたかもしれない盤面をサレンダーし、
早足でマンションの階段を下りる。あーあ!まだ勝てたかもしれないのになぁ~~~くぅ~!
マンションの下には予定通り弟がいた、
しかし一緒にいる生き物は予想とは少し違っていた。
どう見ても猫ではなく、とてつもなくふわふわモコモコしている。
「って、それチンチラじゃん??????」
混乱しすぎて見たそのまんまの光景が思わず口から出た。
「こっちのチンチラなんだよねぇ・・・」
弟もなぜこんな生き物を拾ったのか不思議で仕方のない顔をしていた。
そう、弟が抱えていたのは猫のチンチラではなく、
うさぎとネズミとハムスターとモルモットの中間を取ったような
ふわふわモコモコした齧歯類の方のチンチラだったのだ。


↑こっちじゃなくて ↑こっち
「どこで拾ったんだよ・・・」
「夜散歩してたら公園の前でネズミが通ったなと思ったんだけど、ネズミにしては歩き方が変だし尻尾はリスみたいだしよく見たらチンチラだった・・・」
チンチラは弟に抱きかかえられ、じっとしていた。
持ってきたキャリーケースを弟に渡そうとすると、
「その前に1回ちょっと触ってみ」
と促された。
一度も触らずにお別れというのも寂しいと思い、
五指をふんわりと広げ、おそるおそる背中に指を通してみる。

その瞬間、自分の人生における"もふもふ"の常識が変わった。
おろしたての布団、猫の耳裏、逆撫ですると絵が書ける絨毯、祖父の高級コートのファー。
今まで自分が至上のモフモフだと信じて疑わなかったものたちが過去の遺産となり指先から零れ落ち霞んでいった。
僕は初めてA5ランクの牛肉を食べた時を思い出した。
安楽亭はとても美味しく、牛角が最上の肉だと思っていた中で、
A5ランクの牛肉を口にした時の"格"の違いだ。
"格"の違いを身体が五感で"理解"ってしまった瞬間特有の、
脳の中で何かが上書き保存されてしまった時の通知がみえた。
チンチラと比べてしまえばおろしたての布団など煎餅みたいなものだ。
あれは心のモフモフが9割を占めていて、実際のモフモフ度は大したことなどない。
チンチラはヤバい。心のモフモフ具合でも布団などという布の20倍の戦闘力はあるというのに、純粋な触り心地が倍数では表せないほどモフり散らかしている。
"からい"という感覚は一定値を超えると"痛い"になるが、
モフモフの世界も一定値を超えると感覚が異なってくるということを知った。
"ふわふわ"の先の"もふもふ"を超えた"ふゎっ・・・"の領域だ。
あまり触るのもかわいそうという理性に反して、悦びを貪る己の指先を強引に引き剥がし、
弟にチンチラをキャリーケースに入れてもらうと、急いで入り口のチャックを締めた。
「で、この子どうすんの?」
と、僕が尋ねると、弟は言った。
「今から警察行ってくる」
もうじき1時になるし、一晩くらい我が家で預かればとも思ったが、
警察に預けるならそれが一番だ。
"ふゎっ・・・"っとした残滓の残る手を挙げ、いってら~と言って送り出した。
高価な生き物だし、きっと飼い主もすぐに迷子の届けを出すだろう。
少々名残惜しい気持ちはあるが、情が移ってしまうまえに行動に移したほうが良い。
1時間後、僕のブラック・マジシャンが希望皇ホープに蹂躙されている時だった。弟は何故かチンチラを持って帰ってきた。
「警察行って話を聞いてきたんだけど、警察だと少ししか預かれなくて、その後は割とすぐ保健所に連れていかれて後はすぐお察しの通りになるらしい。」
「なるほど。」
「警察に任せるか、我が家で保護して飼い主から連絡があったら警察を通して返すかを選べるみたいだったので、うちで預かることにする。警察より長く預かれるし。」
僕と一緒に話を聞いていた母親も快諾し、我が家でチンチラを預かることになった。
「飼い主が見つからなかったらどうするの?」
と僕が尋ねると、
「2週間くらい見つからなかったら拾得物の権利を得る。つまり飼うことになる」
「なるほど、まぁ高い生き物だしどうせすぐ飼い主見つかるだろう。性別は?」
「オスみたいだけど?」
「じゃあチン太郎だな」
『チン太郎!?!?!?!?』
弟と聞き耳を立てていた母に声を合わせて反発されたが、ちゃんと名前をつけて過度な愛着が湧くと飼い主が見つかった時に離れがたくなってしまうので、こういう時は適当な名前に限る!飼い主が現れるまで君の名はチン太郎だ!
一晩が開けたが警察からの連絡は来なかったので
それから我々兄弟は実にいろいろなことをした。
チンチラYoutuberの動画を無限に見漁り、
↑めっちゃ助かったチャンネル
これよりチン太郎ハウスの建築を行う!!! pic.twitter.com/8GyT7arMRJ
— ヅニノル (@duninoru) February 22, 2022
猫が小さい頃に入っていたケージを引っ張り出してきて組み立て、チンチラが快適に過ごせるチンチラゲージに改造。
砂浴び用のチンチラサンドやチモシー、ペレット、かじり木、水のみ等の生活必需品を揃えた。

弟は動物系専門学校の元先生にコンタクトを取り、チンチラの正しい扱い方を電話して聞く等をし、僕は迷いペット専用サイトや各種SNSで迷子のチンチラについて検索し、
近所の動物病院に迷いチンチラの話はないかと訊ね、街中を歩き回り迷子ペットの張り紙を探した。が、何一つ手がかりは見つからなかった。
歩き回りついでに見つけた神社で
「チン太の飼い主が見つかりますように。できるだけまともな人間で。」と一礼二拍手一礼。困った時は神頼みだ。
~1週間後~
1週間が経ち、土日を過ぎてもい飼い主は見つからず、仮に飼い主が見つかったとしてとして
今まで何してたんですか?と喧嘩腰で挑む気ラップバトルを仕掛ける気マンマンになっていた。
チンチラなんて翌朝にはカラスか野良猫の餌になるようなエキゾチックアニマルを
1週間も放っておいた人間から今更連絡が来たところでまともな話し合いができる気がしなかった。
生き物を飼育するということは、"時間"、"お金"、"知識"の全てが必要だ。
どれか1つでも足りていなければ生き物をまともに飼うことはできない。
うんちやおしっこは毎日するし、病気をすればお金はかかるし時間もかかる。
食べさせてはいけないものなど山ほどある。
ペットショップからすればペットを購入した人は"お客様"だが、
購入されたペットからすれば"お客様"では断じてない。
"自分の命に責任を取ってくれるはずの人"だ。
お金を出せばペットを"買う"ことはできるが、
お金を出しただけではペットを"飼う"ことはできない。
1週間も連絡がない時点で、動物を飼育するにあたっての
"時間"、"知識"、"愛情"、"責任"のいずれか、または全てが足りていない。
万が一これから先連絡があったとして、動物を飼う資格がないと分かりきっている奴相手に
はいそうですかとチンチラを返却する気になれるわけがなかった。
そうなったら・・・動物裁判だ・・・!動物・・・
~2週間後~
結果としては2週間が経っても飼い主から連絡はこなかったので、動物裁判開廷には至らなかった。
この間に我々兄弟はチン太に、"名前を呼んだら来させる"、"叩いたところに登らせる"等を覚えさせ、すっかりチンチラ調教師として一仕事を終えていた。
部屋のどこにいても召喚できるようになった pic.twitter.com/UnmFQFeVlB
— ヅニノル (@duninoru) March 4, 2022
警察からも取得物受領証が届き、正式にチン太が我が家の子になった。
チン太が正式にうちの子になりました。
— ヅニノル (@duninoru) March 15, 2022
よろしくな!君の正式名称はチン太郎、呼び名はチン太だ! pic.twitter.com/JxLID62Zh3
神頼みまでしたものの結局チン太の飼い主は見つからなかった。
で、あるならば我々ができるだけまともな人間の飼い主であれというのが神の思し召しだろう。
結局、愛着が沸かないようにと名付けた"チン太郎"という仮名に2週間で愛着が湧きすぎて
しまい、本名:チン太郎、愛称:チン太になってしまったのは言うまでもない。
生とは苦痛であり、生まれる事自体が罰であるので、新たに生命を生み出すべきではないが(過激な思想)
それはそれとして生まれてきてしまった命は愛され尊ばれるべきだ。
天寿を真っ当するまで家族として可愛がってやろう。
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ところで、と弟は言った
「なんだい?」僕は答えた。
「チン太の性別がメスだったら名前どうする気だったの・・・?」
僕はニヒルに答えた。
「チン子に決まってんだろ」
弟はチン太を抱きかかえるとほっぺにすりすりしながら言った。
「チン太は男に産まれてよかったね~!オーヨーチヨチヨチ(ナデナデ)」
今日もチン太は滑車を走り回り、歯磨きおやつをガジりまくり元気に過ごしています。



