ボクにはこんな理想の場面がある。
そこは、ホンワカと柔らかい日差しが注ぐ縁側。
老夫婦がアルバムを観ながら座っている。
こんなこともあったね。
あっ、ここ覚えてる?みたいな会話をゆるーく、交わす。
仲睦まじいふたり。
けれども、ここに至るまでには、いろんな修羅場をくぐり抜けている。
別れる寸前まで行ったり、罵り合う喧嘩もしたでしょう。
そういったことを、何十年もの時を経て、すべて乗り越えてきたふたり。
・
・
・
・
このふたりのモデルは、ボクの両親。
父は、すでに80を数え、もはや母の介護なしでは暮らせない状況。
母は、ブーブー文句を言いながらも、献身的に介護をしています。
両親は、今とても仲が良い。
端で見ていて、ホントによくわかる。
けれども、そこに至るまでには、とても激しい喧嘩もしているのを観たし、
母が実家に戻ったことも聞きました。
そういったことを、乗り越えてきて今がある。
前回の記事で書いたような、すさまじい究極の出会いは、確かに人々の魂を揺さぶる。
瞬く間に燃え上がる凄まじい出会い。
一方、ボクの両親のように、
数十年の月日を経て、育くんでいく静かな関係もある。
何十年も一緒に暮らしていくことの、なんと大変なことか。
並大抵の苦労ではないと思う。
これも、また究極の出会いであると、ボクは思う。
さて、さらに時を経て、
どちらかが病の床に伏し、はからずも、別れの時がきてしまう。
ふたりは最後の会話を交わす。
「出会えてよかったわね」
「出会えてよかったなぁ」
これ以上の幸せな関係をボクは知らない。