運命の出会い。
それは、ある日突然、アナタに訪れる。
アナタの都合には、関係なしに訪れる。
結婚していようが、海外にいようが、仕事してようが、病気でウンウンうなっていようが、訪れる。
「許されざる愛」が生まれるゆえんである。
では、
さらに上を行く「究極」の運命の出会いになると、どうなるのであろうか。
それは、時代をも超越する。
男女の逢瀬が命に関わる江戸時代にあってしても、起こり得る。
かくして、幾多の古典的名作が生み出された。
「曽根崎心中」しかり。
「娘道成寺」しかり。
「八百屋お七」しかり。
そして、国境をも超越する。
たとえば「ロミオとジュリエット」
言わずとしれた、シェイクスピアの傑作。
失うことなど考えられない運命の相手が、そこにいる。
二人の価値観を変えることができるものは、どこにもない。
仕事も、肉親も、自らの命さえも、無力である。
そこには、価値観などと言うものは存在しないのであろう。
もはや、ロマンティックどころの話ではすまない。
多くの場合、結末は「死」で幕切れとなる凄まじさ。
まさに「究極」である。
果たして、この状況は不幸なのか、それとも、この上ないシアワセなのであろうか。
ひとつだけ言えることは、
人々はコレに涙する。
もちろん、顔をしかめるヒトもいるかもしれない
だが、これらの作品は、時代を超えて、国境を越えて、残ってきた。
多くのヒトの心を揺さぶっていることは、まぎれもない事実。
さて、
その一方で、もうひとつの「究極」がある。
この話題は、さらにさらに、続く・・・。
次回はついに完結編。