突然の演劇鑑賞 | 気ままに・・・

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ブログ再開!うちのおこちゃま達が見ても大丈夫なブログに今度はするぞー!!

ごめんなさい。広告ペタが多いため、ペタの設定をできなくしました。

脚本の良し悪しは何で決まるのか・・・。


演出の方法は、何を目的としているのか・・・。


この役者に、感情の奥底までをえぐり抜いた経験はあるのか・・・。


舞台装置や、照明は技術です。


しかし、上記の中心となる3役には、非常に重要な役割があります。


それは、社会と対峙して、あるいは社会の中に入りながら、どれだけの人間模様に触れることができ、どれだけの感情に翻弄され、そしてそれを表現する時、人々の奥底にある琴線に触れることができるかです。


本日、観に行ったお芝居は、残念ながら役者の感情表現や、ひとり芝居で、いろいろな役柄をやるという「落語」的な要素を持ち合わせているものの、表層的で、空間の共有をすることができませんでした。


演出に関してもメソッド通りの演出で、あぁ・・・。この人は狂った事がないな・・・。と解ってしまいます。


コーディネーターの人には申し訳ないけれど、直接「共感できなかった」「入り込めなかった」とお話ししました。


今の日本の演劇会(商業演劇を除く)において、舞台芸術になりきれない部分は、まじめな人が多いからなのかなぁ・・・と感じました。


その一方で、仙台にて新しくできる劇場の公演案内が入っていました。

「うげぇ・・・。大嫌いな役者が看板張ってる・・・。」

チラシ観た途端頭痛が・・・。

ある事をきっかけに、名前が頻繁に出てくるようになった役者。

メソッドは大学時代と蜷川の所で学んだ。

しかし、メソッドだけで根本的な魅力と演技力に欠けるのが、彼の限界かな・・・。


今の私は、役者をやったらどんな演技になるだろうか。

まぁ、大学でメソッドを拒み、クラシック・バレエで自由を奪われ、文芸に逃げ道を作り、別な道を選んだのだから、当時の彼を「へたくそ」と言えても、今の彼をそうは言えないのだろう。

彼のエゴイスティックな自分の夢の進め方や、利用できるものは利用して、のし上がっていくパワーは、今認めつつある。

役者としてよりも、自分の夢を叶えるために、努力をしたことは事実なのだから・・・。


まぁ、会ったらバカにされるという「恐怖心」が残っているので、観には行きませんがね。