「自分のことより家族のこと」
「甘えてはいけない」
「つらくても泣いてはいけない」
そんなふうに、
小さなころから“しっかりした子”でいようと
がんばってきた方はいませんか。
今回は、明治を代表する作家・樋口一葉の人生から、
「子どもでいることを許されなかった少女」が、
言葉の力で心を解き放っていくまでの軌跡をたどります。
―――
樋口一葉(本名・奈津)は、
明治5年、東京の中流家庭に
五人きょうだいの次女として生まれました。
父は下級官吏、母は家庭を守る厳格な人で、
幼い奈津は、家の中で
「恥をかかないように」
「立派な娘であるように」
と教えられて育ちました。
わがままを言った記憶も、
無邪気に甘えた記憶も、
彼女の中にはあまり残っていなかったかもしれません。
勉強熱心だった一葉は、
高等科第四級を首席で卒業します。
もっと学びたい──
その想いを胸に、進級を希望しましたが、
母親からの強い反対に遭い、諦めることになります。
「女は学問より家のこと」
そう言われ、彼女は自分の願いを
そっと心の奥にしまいました。
翌年、父が急逝。
家計は一気に苦しくなり、
一葉は“家の柱”として
母と妹を支えていく立場になります。
しかし彼女は、決して夢を完全には手放しませんでした。
暮らしのすき間に、ことばを紡ぎ、
「書くこと」を生きる道に変えていったのです。
21歳の頃から、文芸誌に作品を投稿するようになり、
『大つごもり』『にごりえ』『十三夜』
そして名作『たけくらべ』など、
わずか2年間で次々と傑作を発表しました。
そこに描かれるのは、
社会の中で感情を押し殺して生きる女性たち。
自分の本音を言えないまま、
誰にも気づかれず泣いている少女たちでした。
それはきっと、一葉自身の
「ほんとうの声」だったのだと思います。
生活は相変わらず苦しく、
病に冒されながらも、
彼女は最後まで筆を置くことなく生き抜きます。
そして24歳という若さで、静かにその生涯を閉じました。
死後、彼女の作品は高く評価され、
明治文学を代表する作家のひとりとして
その名を刻まれました。
2004年から2024年までは、
5000円札の表面に採用され、
日本の知性と感受性を象徴する存在として
多くの人に親しまれました。
―――
子どものころに身につけた
「我慢しなくていけない」
「甘えてはいけない」
そんなふうに感じながら、
ずっと自分を抑えて生きてきたとしても
樋口一葉が、
言葉を通してようやく自分に優しくなれたように、
大人になったあなたはもう、
今から“自分の人生”を選びなおしていいのです。
それはきっと、遅すぎることはありません。


