1970年オランダのShocking Blueというグループの"Venus"は本国ばかりか、アメリカ、イギリスその他の欧州諸国
で大ヒット。日本でもポリドールから急遽発売されベストセラーを記録した。グループは本国では1967年から活動
しており、大きなブレイクの陰にはアメリカの著名なレコード制作者 Jerry RossがColossusレーベルから
オランダのTee Set, George BakerSelectionと合わせて彼らのレコードを発売しそのプロモートに成功し、
Dutch soundが注目を集めた。1974年にグループは解散しましたが、現在も根強い人気に支えられている
グループの魅力をヒット曲をたどりながら、確認していくプログラムです。
”Venus"
主要なメンバー
Robbie van Leeuwen: 1967年グループを結成。リードギターリスト、シタール、レコード制作、作曲を
担当するなど、中心的な存在。
Mariska Veres: 紅1点で1968年加入。主要な作品でヴォーカルを担当しファンを魅了。1974年の解散後は
しばらくソロとして活躍。2006年12月2日に病気で他界。
Fred de Wilde :1967–1968年にヴォーカルを担当。
Cor Beek:1967年の結成からドラマーとして解散まで活躍。1998年4月2日他界
Klaasje van der Wal :1967–1971の間ベースギターを担当。2018年病死。
Henk Smitskamp :1972–1974の間ベースギターを担当
Leo van de Ketterij: 1970–1971の間。ギターを担当。オランダで著名なギタリストで2021年他界。
その他の細かいチェンジがあります。
最初のヒットは
「センド・ミー・ア・ポストカード」"Send me a postcard" は1968年オランダで11位、日本では1970年に発売。
「明日に向う道」 原題:Long and Lonesome Road 1969年にビルボード75位、オランダで17位、
日本では1970年に前曲とカップリングで発売されオリコン58位を記録
冒頭のヴィーナス"Venus" は1970年にビルボード1位、オランダで2位(1969)オリコン2位の日本では1970年春に
大ヒットを記録。
オランダでは最高位2位にとどまりましたが、23週チャートイン。またアメリカでチャートの第1位を記録し
ゴールドディスクを獲得。全米第1位を記録した最初のオランダのグループでもあります。
「マイティ・ジョー」"Mighty Joe"1969年オランダで2位 。ビルボード43位(1970)
日本ではオリコン60位(1970年)
「悲しき鉄道員」原題:Never Marry a Railroad Man(1970年にビルボード102位どまり、オランダで1位、オリコン2位。日本では回転数を早めたシングルにより、1970年秋〜冬に大ヒットを記録した)
アメリカやイギリスではヒットは続かず、一発屋と評価されますが。本国やその周辺諸国や日本ではその後もヒットは続きます。
「グッドサリー」”Sally was a good old girl"(1971年 オリコン39位 オランダではシングル発売なし)
この曲のみHarlan Howardの作品。アメリカではFats Domino(1964), Trini Lopez盤(1968)などがヒットを記録。
この他カントリーの「ジャンバラヤ」も1972年に日本独自にシングルで発売され話題になっています。
"Hello Darkness"(1971年 オランダで4位)
「ショッキングユー」"Shocking you"(1971年 オランダで10位 オリコン 57位)
”Serenade"(1971年 全米110位)日本では1972年の「夜明けの太陽」のB面としてリリース。
「悲しき恋心」"Blossom lady"(1971年 オランダで2位 オリコン17位)日本では来日記念盤として発売され
大ヒットしました。
(この頃日本では来日公演が行われ、東京公演は後にライブ録音としてアルバムが制作され、
本国オランダでも発売されています。ライナーでは日本公演に同行したレコード会社の担当者の手記が公開され、
彼らの印象として総じて「おとなしい」と記載されています。)
「夜明けの太陽」”I'll follow the sun"(1972年 オリコン48位,本国ではシングル発売なし)Beatles作品とは同名異曲。
「悲しきハプニング」"Out of sight, out of mind"(1972年オランダで6位 オリコン66位)
「インクポット」”Inkpot”(1972年オランダで5位 オリコン70位)
”Rock in the sea”(1972年オランダで14位、日本では不発)
”Eve and the apple”「悲しき誘惑」(1972年オランダで15位)日本では邦題に「悲しき。。。」をつける
傾向もありました。
日本ではここまでオリコンチャートにランクされたシングルは10曲、アルバムも8枚がランクされ、その大半は
ヒット曲をタイトルにしたベストアルバムです。(アルバム、シングル共1970年代に発売された数は共に15点前後です。)
「涙の願い」"Oh Lord"(1973年 オランダで14位)
「悲しきドリーマー」"Dream, dreamer"もマイナーヒットにとどまります。この曲をタイトルとした
アルバムも制作するなど、この時期はアルバム制作にも力をいれていました。
次の"Good times"も不発、1975年初頭の"Gonna sing my song"が最後のシングルとなります。
リーダー各のRobbie van Leeuwenが他のグループの結成に関心を示したため
グループは空中分解します
1974年解散。(一時的な再結成もありました。)
それでも、現在中古市場で彼らが70年代に残したアルバムは高く評価され、21世紀には往年のオリジナルアルバムが
欧州では重量盤LPとして復刻され、日本でも店頭に並ぶほどの人気ぶりです。
特に体制に異を唱えるわけでもなく、どちらかというと「おとなしい」サウンドと特徴的なメロディーライン、シンプルな
サウンド、訴えるような女性ヴォーカルなどが複合的にリスナーの心に響いて、今日の評価につながっているように思います。
一部には"Beatles"と"Brothers Four"の中間という評価もあります。
"Hot sand"は"Venus"のB面としてリリースされた作品で、シタールの独特な響きが 効果をあげています。















































