次の日の朝、ロッカーで着替えていると成ちゃんが

「おはよ。」

といつもと変わらない様子で私の斜め後ろのロッカーの鍵を開けながら言った。

「お、おはよっ。」

昨日の野地の話がパッと頭をかすめ、なぜかドギマギしながら挨拶を返し振り返えると、いつもと変わらない様子で腰まであった髪を肩までバッサリ切った成ちゃんがいた。

私は、一瞬驚きながらも、やっぱり野地の言葉が脳裏をかすめ、不自然にもなにも口にする事ができなかった。


成ちゃんは、どうやら会社を辞めずに済むようだ。

理由はわからないけれど、考えてみれば未成年のタバコを大目にみるような会社が不倫ごときで大騒ぎする程、一社員のことに感心を示す時間の余裕も感心もないのかもしれない。


ただ、それからおっさん連中と飲みに行ったりすることはしばらくなくなった。


そんなときも高校を中退して大検を受けようと仕事しながら通信に通っていた彼氏のしんちゃんは、やっぱり私の行動にうるさかった。

いい機会だったので、少しの間しんちゃんとおとなしく過ごした。


しんちゃんと付き合ったのは高校1年の春。

ちょうど中学のときから付き合っていた学に嫌気がさしてきた時期だった。

そんな頃、礼子から相談を受けた。

「実は、好きな人ができちゃったんだよね。」

「えー!だってあんた壁がいるじゃん!壁どうすんのよ。」

「うーん…。それが好きな人って壁のバンド仲間なんだよね。ドラムやっててカッコいいんだよ。」

「はぁ?悪いけど、あんたにはもったいないくらいかっこいい壁がかわいそうじゃない?」

「うーん。ねぇ、どうしたらいい?困ってるから話たんじゃん。」

「うーん…。」

正直、なんかおもしろかった。相談に乗るっていうこと事態におもしろさを感じていた。

「その人、今、彼女募集中なんだって。超チャンスなんだよね。」

「だから壁はどうすんのよ。」

「ねぇ、あんたさぁ、その人とコンパしない?で、うまく私の気持ちを伝えてよ。」

超ワクワクしてきた。

「いいよ。」

面白半分、いやそんなんばっかでその人と会うことにした。

それがしんちゃんだった。


コンパというか、私は礼子につれられてモンキーダンスっていうスタジオに言った。

ドラムを叩く方を指差して

「あの人だよ。」

と礼子が言った。

たしかにかっこよかった。

壁がまじめで甘い感じなら、しんちゃんは線の細いきつい感じのシャープなかっこよさだった。

「壁の方がかっこいいじゃん。」

私が言うと、

「じゃ、あんたにあげるよ。」

「はぁ?」

ずうずうしい礼子の言葉に思わず声が大きくなった。



練習が終わると、私は話題にものぼらないへたくそなボーカルの池田とずっとしゃべっていた。

そこへつかつかとしんちゃんがやってきて

「あんたさぁ、俺目当てで来たんじゃないの?」

と、えらそうな目つきで言った。

ちょっとドキッとした。

「どっちと付き合うつもりなの?」

私はなんて言おうかとかっこよさそうな言葉を探していたけど見つからなくて、ふと隣を見ると池田の姿は消えていた。

そして、なんだか付き合うことになっていた。

遊び半分仕事半分…いや

遊び8割仕事2割の生活。

結局、社会人になっても

生活が一変するような劇的なドラマみたいな

何かが起こるわけでもなかった。


ただ、いろんな世代と話す機会が増えて

自分の中の世の中が少し変わったりもした。

考え方ひとつで世界が変わることもあった。


ある日、野地がすごい勢いで駆け寄ってきた。


「なぁ…浜下さんと成ちゃんの事…」

「もう…男のくせにぐずぐずうるさいねー。野地はそーゆーとこダメだね」

「そうじゃねぇよ!!!浜下さん、奥さんにバレたらしいよ」

「は?!?!」

「それで成ちゃん、会社辞めさせられちゃうかもしれないんだよ」


あー…これも社会のルールってやつだ。

どちらかが辞めてとりあえず会社の中の風紀を乱さない。みたいな。

こういう場合必ずと言っていいほど

弱者にとばっちりがいく。

もしかしたら成ちゃんは誘われた方かもしれないのに。


「…そんなのって…そんなのって絶対許せないよ!!」


言葉と同時に私は席を立って

社長室に向かってた。

その時の私といったらきっと怒りにあふれたひどい顔をしていただろう。

勢い任せにずんずんと社長室に向かう私の右腕を誰かが引っ張った。


「ちょっと!!離してよ!!」

「落ちつけよ。お前が行ったところで何も変わんねぇよ」


小さい子供をなだめるかのように

瀬川さんがあきれた顔で

頭をポンポンと叩く。


「お前はまだ若いからな。感情だけで動いちゃうのもわかる。でも…社会とか世の中ってそんなに甘くねぇよ」

「…」

「大人になるとな…嫌でもそうしなくちゃいけない時もあるんだ。例えそれが大切な人を傷つけたとしても。大人の幸せってのは難しいこともあるんだよ」


そういうとそれまで強く掴んでいた腕を離し

心の中の何かを隠そうとしてか

今まで見せたこともない少年のような笑顔を見せた。


私は誰も知らない瀬川さんを知ったような気がして

少し嬉しかった。

反面、子供扱いされたような感覚が少し悔しかった。




 私は高卒で景気がよければボーナスが年3回でるっていう、私にしてはいいところのOLになった。


 その頃付き合っていた彼氏とは、男のいる会社には入るな!みたいな訳のわからない理由で進路選択の段階で少し揉めたけど、結局、大学や専門学校に入るような脳味噌の余裕もなく、思いっきり男だらけの営業マンのいる会社に就職した。

 仕事といえば電話の対応とFAXの処理。それから、無理を言うお客と頑固な工場の出荷担当の連中に挟まれてストレスの多い毎日だった。

 時には、自分のミスでもないのにお客に怒鳴られてトイレで泣いたこともあった。


 6月頃には同期で同い年の佳代子と仲良くなった。そして会社のとなりのゲーセンのトイレでお昼休みはタバコを吸った。今考えれば変な話だけど、その頃の私達は未成年で、こそこそするしかなかったんだと思う。


 そして間もなくゲームをやりながらタバコを吸っているところを、お昼の時間つぶしにゲームをやりに来た瀬川さんに見つかってから、なぜか開き直った未成年が二人、会社でタバコをふかすようになった。今思えば、会社も会社だけど、あそこは居心地よかったな…。


 その頃、テトリスが流行ってて、私も男みたいに夢中になって、昼休みになると隣へ行った。瀬川さんも夢中になっていた。


「おい、そこはそーじゃないだろっ。」

「いーんだよ!ほっといてくれるぅ?」

男みたいな言葉使いで妻子持ちの38歳男の瀬川さんと話す横で佳代子はおとなしそうに、少し女になりつつある色気を放ちながら、大人びた相槌をうったりしていた。


 瀬川さんは、例えるとサザンの桑田似の軽い感じのいい男だったと思う。3つ年上の成ちゃんっていう超綺麗なお姉さんと性格いいけどおかちめんこの白石さんと、佳代子と私と、それから瀬川さんと瀬川さんと同じ年の浜下さんと、24歳の野地と22歳の超かっこいい香住さんと時々みんなでカラオケに行ったりもした。私と佳代子は高校でたてのほやほやの18歳だったから、みんなにかわいがられた。


 たばこを吸えば

「おー、いっちょ前にうまいのか?」

と、おっさん連中はからかったり、

お酒を飲めば

「もう、やめとけ。」

とかまだまだいけるのにおやじストップがあるのだった。


 そんな中で、成ちゃんと浜下さんができてるっていう噂を野地から聞いた。

「ショックだよ~。成ちゃんかわいいのになぁ。浜下さんかよ。おっさんだよなぁ。」

野地が本気で落ち込んでいる感じで話してきた。私はビックリしながらも相槌をうった。

「だって浜下さん、嫁も子供もいるじゃん!」

「不倫じゃん。」


 会社に入って半年、大人の世界を知った気がした…。