前回は→その③            最初から→その①



 前回の、「お釈迦様が戦地に赴いた」お話ですが、実は彼が戦地に行くのは、それだけではなかったのです目


 何と、この話は彼の晩年に起こった出来事なのです。


晩年なので静かに楽しいことばかりだと良いですが、実際はそうはいきませんでしたあせる


  お釈迦様の出身地と言えばのカピラ城です。

その隣にはコーサラ国という強大な国がありました


コーサラ国のパセーナディ王は、釈尊を尊崇し深く仏教に帰依していた。


それで彼は、妃を釈迦国から迎えたいと願ったのです
そして、使者を釈迦国に派遣する。
 
 
おそらくこの使者の態度がいけなっかたのであろう。
誰か貴族の女を寄こせ ─ と威張り散らした命令を発したらしい。


 使者の口上の中にあった「もし不承知ならば力ずくでも」という

一言にカチンときて、

※今で言うと弱小国が軍事大国に喧嘩を売る様なもんですから


 そこで、どうしようか?考えた結果・・・・・

ある長者が下女に産ませた娘を長者の娘としてパセーナディ王に嫁がせました。


※これは、当時の厳しい身分制度を考えると、相当な嫌がらせになります。どっちもどっちですよね


    【そして、王子が誕生します】
 

 ほどなくして妃は、王子ビドゥーダバを産みました・・・・・

王子が八歳になった時、弓術を学ぶためにカピラ城に留学させられました。 

 

 新しく出来た講堂でビドゥーダバが修行をしているのを見て、釈迦族の人々は「下女の子をなぜここに入れたのか??」と言って、王子の帰国後、彼のいた場所の床を削り、その下の土を七尺も掘って清浄な土と入れ換えました。 

※当時のインドは身分制度が厳しかった事が理由です



この事を聞いたビドゥーダバは身を震わせて怒り、お付きのバラモンに

「もし自分が王位についたら『釈迦族に辱められたことを思い出せ』と一日に一回必ず私に言い聞かせよ」と命じました。



そして、時は移り・・・・父王パセーナディ王が亡くなった時にその積もる怨念が発動されていくのです叫び


一体、息子のビドゥーダバ王子は何をやらかしてしまうのでしょうか?




続きは→その⑤