これまで、コニファーや海外旅行、陶芸など書いてきましたが、本当に書きたかったこと、それはこの陶芸家のことです。
この陶芸家が過小評価されているとは決して言いません。そんなこと言ったら、私が本人に怒られてしまいます。特に九州、福岡県では名が知られています。しかし、全国的にはあまり知られていません。そこで、真面目に陶芸に取り組み、優れた作品を生み出す陶芸家をぜひ紹介していきたいのです。少しずつ、合計10回くらいに渡って、このブログで人物像や作品など紹介していきたいと思います。
前置きがとても長くなりました。
その陶芸家の名前は、「高鶴 淳一(こうづる じゅんいち)」先生です。窯の名称を「薪窯(しんよう)」と名付けています。
先生は、福岡県赤池町に伝わる上野焼(あがのやき)の高鶴窯元の家に生まれ、独立して現在の福岡県宮若市の山間に「薪窯」という窯元を築きました。古上野や古高取焼の陶工であった先人たちがやっていた昔のままに、陶土から釉薬までの全てを手作りし、ガスや電気でなく赤松の薪を燃料にした穴窯で焼成を行う、自然流の陶芸に打ち込んできました。
アメリカのボストンを拠点に赤や黄、紫などカラフルな陶芸作品を手がける兄の高鶴 元(こうづる げん)氏は大変有名です。しかし、兄とは対極にある、天然の草木灰や、山から採取した鉄分を釉薬にした、作為のない素朴で大らかな作風です。そして、古上野や古高取焼の深い研究の裏付けがあり、その伝統に根ざしたうえで、新たな作品を生み出しているのです。
あの小山 冨士夫 先生も、あの吉田 耕三 先生も評価されています。私が入手した昔の作陶展の時に印刷された招待状の内容をぜひご覧ください。
九州地方の展覧会である西部工芸展で昭和50年に朝日新聞社金賞(最高位)を受賞していますので、外部からの評価ももちろん高いわけです。
茶碗、水指、大鉢、ぐい呑、徳利の制作が得意で、優れたものが多いですが、特にぐい呑は、古美術評論家の青柳 恵介 氏も太鼓判を押すくらいです。
今回は長くなりましたので、私のコレクションを一点だけお見せします。藁灰釉斑ぐい呑です。透き通る水色に発色した藁灰の釉薬がもっちりとたっぷり掛かり、優雅に下に流れていて綺麗です。黒い斑点は陶土の鉄分が滲み出たもので「斑」といいます。造形は、力強い轆轤目と絶妙なヘラ使いがされています。全体として、日本酒を美味しく飲める形になっています。これは、先生に出会って2回目の訪問の際に購入したものです。
今後、コレクション作品を順次紹介していきます。