3月2日に89歳で亡くなったウェイン・ショーターを最初に聴いたレコードはどれだったろうかとジャズを聴き始めた55年前に想いをめぐらす。田舎のジャズ喫茶もどきにリーダーアルバムはなかったので、メッセンジャーズの「Caravan」か、マイルスの「ESP」だ。それまでに聴いた力強いロリンズや激しいコルトレーンとは違い謎めいた印象だった。

 東京の本格的ジャズ鑑賞店で Vee Jay 時代の59年録音「Introducing」から「Wayning Moments」、そしてブルーノート時代64年の三部作「Night Dreamer」、「JuJu」、「Speak No Evil」と足跡を追うように聴いた。多彩な曲作りに圧倒される。続けて「The All Seeing Eye」、「Adam's Apple」、「Schizophrenia」。何かに憑りつかれたのか雰囲気が変わってきた。そしてリアルタイムで体験した69年録音の「Super Nova」。前作までのオカルティズムは消え、進む方向が変わったのを感じた。ソプラノ・サックスという天使の笑い声にも悪魔の囁きにも聴こえる音色がそう思わせたのかも知れない。

 2007年に「Super Nova」を拙ブログで話題にした。当時はコメント欄でベスト3企画を展開していて、多くの投票からトップに挙がったのは74年録音の「Native Dancer」だ。ウェザー・リポート在籍中の作品で、「ブラジルの声」と呼ばれるミルトン・ナシメントと組んでいる。美しい歌声とショーターの悟りの境地ともいえる深い音とフレーズが見事に調和した芸術性の高い作品だ。盟友のハービー・ハンコックが参加していてマイルス・バンドで切磋琢磨していた頃を彷彿させる。この時代のショーターにとって「動」がWRなら「静」がこのアルバムといえよう。

 80年代後期には「Atlantis」、「Phantom Navigator」、「Joy Ryder」と意欲的な作品を次々とリリースし、1995年の「High Life」はグラミー賞の最優秀コンテンポラリー・ジャズ・パフォーマンス賞に輝いている。2013年に発表した「Without A Net」は何と80歳。そして遺作となった「Emanon」まで常に進化していた。稀代のジャズ音楽家と同じ時代を過ごしたことに感謝したい。