先週話題にした映画「死刑台のエレベーター」を観るとじっくりマイルスを聴きたくなる。まずはサントラ盤だ。完全版CDにはオリジナル・マスターテープに入っていたものが16曲収録されているが、ここは飛ばして実際に映画で使われた音源を聴く。この10曲はスクリーンで効果的に響き、且つシーンとマッチするようにエコーがかけられているので、本来のマイルスの音と違うとはいえ臨場感たっぷりだ。

 ここから公式盤を辿ると次は58年の「Milestones」、キャノンボール名義の「Somethin' Else」、ミシェル・ルグランの「Legrand Jazz」、マイルスとモンクが共演していると騙される「Miles & Monk at Newport」、ギル・エヴァンスと組んだ「Porgy and Bess」、ビル・エヴァンスが参加した「Jazz at the Plaza」、そして59年の「Kind of Blue」。名盤読本に書いてあるモード云々というのはどうでもいい。問答無用のジャズ史上最高の名盤である。あのレコードはいいとか、このアルバムは素晴らしいと絶賛されてもせいぜい片面か1曲だ。極論を言うとワンフレーズだ。ところが「Kind of Blue」は個々の曲がそれぞれに完成されている。筋金入りのジャズファンでも並び順に全曲すらすら出てくるのはこのレコードぐらいだろう。

 A面を聴き終えてB面にひっくり返したときの興奮と感動が今でも甦るのが「All Blues」だ。多くのカバーから「Introducing Eric Kloss」を出してみた。タイトルの如くデビューアルバムで、パイプをくわえているので大人びて見えるが驚く勿れ若干16歳だ。サングラスをかけているので気付かれたかも知れないが盲目のテナーもアルトもこなすサックス奏者である。11歳でトリスターノと共演したというから天才といっていい。ドン・パターソンのオルガンのバックからやんわりとテーマに入ったあとのアドリブが凄い。上下、左右と音がクロスするのだ。粗削りではあるがその後数多くのリーダー作を発表するだけのサムシングが聴こえる。

 「Kind of Blue」が発表されてから60年近く経つ。ジャズを聴きだして50年ほどになるが、その前の10年溯っても、リアルタイムで聴いた50年を振り返ってもこれを超えたジャズアルバムを聴いたことがない。CD時代になってから手軽にアルバムを作れることも手伝っておびただしい量の作品が出ているが、それらを100枚聴くより、これを100回聴いたほうがジャズの本質に触れることができる。何度聴いてもゾクゾクするレコードはざらにはない。