1970年前後だったろうか、ジャズ喫茶の片隅で、スタン・ゲッツとビル・エヴァンスの共演盤があるらしい、という噂が立った。出所は、1968年に発売されたイエプセンのディスコグラフィーにその記録が収載されたことによる。そんな話も忘れかけた1974年に発売されたのがこのレコードである。「Previously Unreleased Recordings」のクレジットがなければカップリング盤と間違えるような味気無いジャケットだ。

 録音されたのは1964年だから丁度10年後のリリースになる。所謂、お蔵入りの音源なので期待しないものの、やはり大物の共演は聴いておかなければ耳は養えない。驚くべきは日替わりでベースにロン・カーターとリチャード・デイヴィス、そして何とドラムはエルヴィン・ジョーンズだ。ヴァーヴお得意の横綱とホームラン王とボクシングのチャンピオンを同じステージに並べたセッションとはいえ意表をつくメンバー構成だ。主役の二人は叙情的、且つ耽美的な「静」を纏っているのに対し、ベースとドラムは激情的、且つ攻撃的な「動」を被っている。言うなれば水と油のように異質でとけ合わない組み合わせにみえる。このミスマッチがもとでお蔵入りになったのだろうか・・・

 意外にもそれぞれが自分のペースを守っていてまとまりのある演奏だ。コルトレーン・バンドと同じようにプッシュする遠慮のないエルヴィンにペースを合わせるのはゲッツで、その波に同調しながらも自分を失わなエヴァンス、という印象だ。「Night And Day」、「But Beautiful」のスタンダードに続き、エヴァンス作の「Funkallero」、そして「Green Dolphin Street」でも取り上げていた「My Heart Stood Still」と、エヴァンス寄りの選曲が面白い。この曲の後半はなかなかスリリングで、ああ吹けばこう弾く、そうくるなら、これでどうだ、と言わんばかりの熱いフレーズがお互い飛び出す。異質のものをも溶かすのがジャズの力かもしれない。

 1枚のアルバムとして完成されながらもお蔵入りになった理由は?ゲッツもエヴァンスも、そしてプロデューサーのクリード・テイラーも満足する出来ではなかったということだ。もっとキレのあるフレーズを刻む自信があるプレイヤーと、更に完成度の高い作品を世に出したいという敏腕プロデューサーの意識の高さが未発表という決断を下したのだろう。1964年というとゲッツはボサノヴァでヒットを飛ばし、エヴァンスはラファロ亡きあと新しいトリオを模索し、テイラーはノーマン・グランツから引き継いだ路線を伸ばそうとしていた時代だ。