
演奏旅行がメインであるビッグバンドのトランペット・セクションには、非常に高い音域を出すことで聴衆を沸かせるハイノート・ヒッターと呼ばれる奏者がいる。高音域の正確さでは群を抜いているエリントン楽団のキャット・アンダーソン、自分が目立ちたいがために、それだけが売り物のビッグバンドを結成したメイナード・ファーガソン、最近ではキューバ生まれアルトゥーロ・サンドヴァル等、数えるほどしかいない。
そして忘れてならないのがボビー・シューだ。元々はアドリブ奏者でハイノートには縁のないトランペッターだが、バディ・リッチ楽団にいたとき、或る日突然不幸(笑)が訪れる。バンドのリード・トランペット奏者が急に退団することになり、リードのポジションを任されることになった。いきなりリード奏者になったからといってハイノートは出せないが、そこは不可能という言葉を知らない鬼のリーダーの命令とあればやるしかない。早速シューはあらゆる教則本を試し、さらに数々のバンドに引っ張りだこのハイノート・ヒッター、バド・ブリスボイスの教えを乞い、短期間で完全にマスターしたというから凄い。
「You and the Night and the Music」は、81年にアトラス・レーベルに吹き込まれたアルバムで、ビッグバンドを渡り歩いてきたシューには珍しいコンボ作品だ。プロデュースしたのは石原康行氏で、ウエスト・コーストの乾いたサウンドを再現した録音は、シューやバド・シャンク、マイク・ウォフォードというウエスト・コースター特有の明るい音を楽しめる。都会の夜景が浮かぶタイトル曲も素晴らしいが、ノスタルジックな趣きがある「アイ・ヒア・ア・ラプソディー」にシューらしさが出ている。ジミー・ドーシー楽団でヒットした曲で、おそらく何度も吹いたであろうシューの良くコントロールされた音色が心地良い。
バディ・リッチは今更説明を必要としない偉大なドラマーだが、予備のスティックを数十本用意していたそうだ。手が滑り、落とすこともあるので、スペアはドラマーにとっては必需品だが、リッチはミスをしたプレイヤーにリハーサルであろうとステージであろうと容赦なくスティックを投げるのだという。ハイノートで苦労していたシューが聞いたのはラプソディーではなく、スティックが飛んでくる音だったかもしれない。