
今月10日に厚労省が本年度の「現代の名工」150人を発表したなかに、レストランで客がワインを選ぶ手助けをするソムリエの田崎真也さんがいる。ボルドー地方のワイン蔵を訪ね歩き、修行を重ねた方で、客に最も合ったワインを選ばせたら日本ではこの世界で右に出るものはいない。コートの脱ぎ方、歩き方、注文の仕方等をさりげなく観察し、客の好みや体調にまで気遣い選ぶのだという。形になる物を作る職業ではないが、磨かれた技術はまさに名工である。
名工はテッド・カーソンのワインを誰に選ぶのだろうか。71年パリ録音の「ポップ・ワイン」は、ジョルジュ・アルバニタ・トリオをバックにワンホーンで、しかも全曲オリジナルという意欲作だ。音色は優しいがフレーズは攻撃性のあるもので、かつてミンガスのワーク・ショップで体得した音楽性と信条は変らない。アメリカのジャズシーンが大きく変貌する70年代初頭に敢えてヨーロッパで録音したのは、雑音が入らない地で音楽的信念を貫き、アメリカでは探ることができない新境地を求めたものだ。新作毎に新鮮な作品はワインに喩えるなら新酒のボジョレー・ヌヴォーであり、名工なら主義主張の強い方に薦めるだろう。
60年代初頭、「ミンガス・プレゼンツ・ミンガス」で、ドルフィーと共に注目を浴びたカーソンは、初リーダーアルバム「プレンティ・オブ・ホーン」で共演したビル・バロンと組んで前衛的なジャズに向った。前衛とは言っても丸味を帯びた柔らかいトーンとメロディアスなプレイは、むしろオーソドックスである。ただ、60年代という時代性で捉えるならフレーズは斬新だった。それはミンガスから学んだ反骨精神と、ドルフィーとワーク・ショップで切磋琢磨した独創性が結実したものであり、主張が強いなかにも柔軟さがあり時代の先を行くものだ。一歩進んだトランペッターとしてマイルスがカーソンを称賛したのは、伝統に基づいた高い音楽性に違いない。
今月20日はボジョレー・ヌーヴォーの解禁日である。ポップなデザインのボトルが多種並びワイン党にとっては楽しみな日だ。「ワイン、女性、そして歌を少しも愛さぬ者は、生涯の愚者であろう」、神学者ルターの言葉である。小生は賢者ではないが、その全てを愛している。