衝動買い、ヤケ買い、大人買い等、本来の目的以外の買い物は心理学の観点からみると一種の病気らしい。症状の自覚はないがアルバムのジャケットに惹かれたり、本のタイトルに魅せられて中身度返しで買うことはよくある。三島由紀夫賞受賞の作家、久間十義さんの「聖ジェームス病院」もその一冊だった。内容は想像がつくとはいえ、タイトルを目にした瞬間からジャック・ティーガーデンのトロンボーンが聴こえてくるものだから買わずにはいられない。

 「セント・ジェームズ病院」はイギリスのフォークソングがオリジナルで、サッチモのタウンホール盤は決定的な名演として知られている。小生はモダンジャズから聴き出しているので、この名演を知るのは後のことで最初にこの曲を知ったのはレッド・ガーランドであった。ガーランドはマイルス・コンボのザ・リズム・セクションや自己のアルバム等数多くの名フレーズ、名アルバムがあり、その中でも「グルービー」はピアノトリオの名盤として君臨している。確かにガーランドのベストアルバムは「グルービー」に違いないが、1曲となれば「セント・ジェームズ病院」を挙げる。

 この曲が収録されいる「ホエン・ゼア・アー・グレイ・スカイズ」は、プレイスティッジ期最後のアルバムで、ジャズシーンの第一線を離れ故郷ダラスに帰る直前62年の録音であった。マイルス、コルトレーンを始め多くのビッグネームとのセッションが去来したのだろうか、肩の力を抜いたシングル・トーンとブロックコードの調和が実に素晴らしい。ブロックコードを考案したのはライオネル・ハンプトンのバンドにいたミルト・バックナーとされているが、「リラクシン」でマイルスがガーランドに「ブロックコードで!」と指示している。ニーチェは「私の文体は舞踏なのです」と言っていたが、ガーランドのそのブロックコードはまるで舞踏のように躍動感がある。

 「聖ジェームス病院」の帯に「誰もが避けられない場所」とあった。症状にも因るが少なからず病院にはお世話になる。その病院の実態を描いた小説で、内容は在り来たりだが、「チェット・ベイカーの裏返ったような奇妙な肉声」というジャズファンならニヤリとする表現もあり楽しめる。難を言えば終わり方が何ともあっけない。東野圭吾さんの小説のように最後の1ページ、一行で落涙してしまう展開をみたかった。そう、ガーランドのラストフレーズ、一音のように・・・