刑事手続きの基礎「別件逮捕勾留と余罪取り調べの限界」その3
3 余罪取り調べの意義とその違法性判断基準
余罪取り調べとは、ある本罪の取り調べ中に本罪以外の余罪を取り調べることをいう。例えば、空き巣の窃盗事件を取調中に、別の事後強盗の余罪を取り調べる場合など。
従来、余罪取り調べの問題は、本罪(別件)の逮捕勾留中に余罪(本件)を取り調べる場合、つまり本罪の身柄拘束中の余罪取り調べの限界として議論されてきた。※
※取り調べ受忍義務論と余罪取り調べ
aⅰ刑訴法198条1項但し書きの反対解釈から身柄拘束中の被疑者に取り調べ受忍義務※※があるとする立場(捜査実務)からは、身柄拘束中の取り調べは強制処分であり、特に制限する規定はないから、余罪の取り調べも当然適法にできるとする見解【強制処分・無限定説】、ⅱ身柄拘束中の取り調べは強制処分であるが、事件単位の原則が適用され、余罪取り調べは原則禁止されるが例外的に密接関連する余罪の取り調べはできるとする見解【強制処分・限定説・事件単位適用説 一部下級審】がある。
b ⅰ取り調べ受忍義務を否定することを前提に、身柄拘束中の取り調べは任意処分であるから、余罪取り調べも任意である限り適法にできるとする見解【任意処分・無限定説】、ⅱ身柄拘束中の取り調べは任意処分であるが、事件単位の原則が適用され、余罪取り調べは原則禁止されるが例外的に密接関連する余罪の取り調べはできるとする見解【任意処分・限定説・事件単位適用説】がある。
c なお、取り調べ受忍義務肯定説又は否定説にかかわりなく、具体的な状況での余罪取り調べが、令状主義を潜脱する場合は、違法とする見解もある【令状主義潜脱説】
しかしながら、前提となる取り調べ受忍義務論は、肯定説の立場でも供述義務を課すものではないこと※※、つまり黙秘権の保障と任意性の原則が取り調べの適法性の要件となることは当然であり、余罪取り調べは、そういった取り調べの一般要件に加えて、限界があるかどうかが問題とされるのであるから、肯定説に立つにせよ否定説に立つにせよ、余罪取り調べに特別な限定があると解するかどうかが、実質的な問題の分かれ目である。そうすると身柄拘束中の取り調べの適正化の要請からは学説及び下級審判例が採用する限定説の方向性が検討されなければならない。
※※取り調べ受忍義務の実質
刑訴法第198条1項「 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。」
刑訴法198条1項は、捜査機関の被疑者に対する取り調べ権を認め、但し書きは、被疑者には「逮捕又は勾留されている場合を除いては」捜査機関の出頭要請に対して出頭拒否権と出頭後の退去の自由を認めている。この反対解釈からは、逮捕勾留中の場合は、被疑者は取り調べのための出頭拒否と出頭後の退去の自由がない、つまり取り調べのための出頭滞留義務があると解することができる。この出頭滞留義務を、取り調べ受忍義務という【なお、出頭滞留義務と取り調べ受忍義務を区別し、前者を肯定し、後者を否定する見解もあるが、取り調べを拒否する自由を認めながら、取り調べのための出頭滞留義務を認めることは、取り調べを拒否する以上、無駄であるばかりか取り調べの強要であって、矛盾しよう。】。
他方、被疑者には黙秘権が保障され、自白の任意性の原則が要求されるから、供述義務はないことも明白である。受忍義務肯定説もこのことを認めており、受忍義務は供述義務がないことと矛盾しないという。
そして、受忍義務肯定説は、被疑者の身柄拘束は自白獲得を目的とした取り調べのための手続きであることを強調する。具体的にみると、身柄拘束場所から取調室へ強制的に連行し、取調室から任意に退去することはできない、つまり、身柄拘束中の被疑者は、取り調べを拒否することはできないということである。これは、現実の捜査実務の実体を強制処分として正当化するものである。
しかしながら、肯定説をとっても、被疑者が取り調べを拒否している場合に強引に取り調べをすれば、任意性に疑いが生じる状況となり、不任意自白の採取として違法な取り調べとなろう。それゆえ、被疑者が黙秘権を行使し、供述を拒否する場合、出頭を強要したり、長時間の取り調べで滞留させることは、捜査機関としては将来公判で自白排除の可能性を高めるため、抑制されよう。すなわち、出頭義務滞留義務=取り調べ受忍義務は、説得の域を超えることはできず、被疑者に物理的ないし心理的でも課すことは事実上できない。
これに対し、受忍義務否定説は、強制的取り調べを認めると、実質的に供述を強要することになり、黙秘権の保障が侵害されることになるとし、身柄拘束中であっても被疑者の取り調べは任意処分と解すべきとするものである【通説】。逮捕勾留は罪証隠滅・逃亡の防止を目的とするものであり、逮捕状・勾留状は取り調べ許可状ではないこと、198条1項は、出頭拒否・退去の自由を認めることは、逮捕勾留の効力を否定するものではないことを注意的に明らかにした規定【平野龍一】であること又は在宅被疑者に対する出頭要求に関する規定であり、出頭要求は任意処分であり、逮捕勾留のことではない【「除く」】ことを念のために定めた規定【田宮裕】と解することができるとする。
しかしながら、否定説をとっても、弁護人の立ち会いもなく、録画録音による可視化も不十分な状況での逮捕勾留中の取り調べは、被疑者によって、心理的重圧・ストレスの高い中で実施されるものであり、黙秘権や取り調べ拒否を認めても事実上、取り調べは強制的色彩を帯びざるを得ないし【田宮裕は、否定説に立ちつつ、身柄拘束中の取り調べを強制処分とする。】、早期の釈放を意図して、捜査官に対する迎合的供述の誘発もさけがたい。否定説を採用したからといって、そのことから直ちに密室の取り調べの適正化が保障されるわけではない。
それゆえ、逮捕勾留中の被疑者の取り調べの適正化という観点からは、肯定説・否定説は、どちらも不十分と言わざるを得ない。せいぜい、肯定説は、余罪取り調べの限界における事件単位説の理由付けとして援用されたり、余罪取り調べには受忍義務は課せられないという見解(小林充など)の理論的根拠として援用される点に有用性があるといえようか。
なお、最判平成11・3・24は、弁護人の主張に答える形で「身体の拘束を受けている被疑者に取り調べのために出頭し、滞留する義務のあると解することが、直ちに被疑者からその意思に反して供述する自由を奪うことを意味するものではない」として、受忍義務肯定説に立っているとの評価もあるが、明示的に198条1項の解釈を論じたものではない、出頭滞留義務と取り調べ受忍義務区別説の立場にたっていると解することもできるとの評価もある(川出敏裕・判例講座刑事訴訟法 捜査・証拠篇 42頁~43頁)