実務からみた刑法総論「部分的犯罪共同説の再考」その1
1 はじめに
共同正犯は、共犯者間の認識が構成要件を異にする場合に成立するのか。例えば、Aが傷害の故意でBが殺人の故意で、共同でCに暴行を加え、結果として死亡させた場合、①ABに共同正犯が成立するのか、成立するとしてそれは、②重い殺人罪の共同正犯がABに成立するのか(成立するとしてBには軽い傷害致死の科刑となるのか)、③軽い傷害致死罪の共同正犯がABに成立するのか(重い殺人罪について、Aに単独犯が成立するのか)、④重い殺人罪の共同正犯がAに成立し、軽い傷害致死罪の共同正犯が成立するのかが問題とされる。この問題は、一方で共犯論における犯罪共同説と行為共同説の問題とされ、他方で共犯の錯誤の一場面とされ(刑法38条2項の解釈適用の問題)、複雑な問題として議論されている。
この点、判例は、後述するように、①の命題につき肯定し、当初は②の命題の肯定、つまり重い罪の共同正犯の成立を肯定して、軽い罪の故意の共犯者には刑法38条2項を適用し、軽い罪の刑を科すと解する傾向にあったが(いわゆる完全犯罪共同説の否定、重い罪の共同正犯肯定・罪名科刑分離説の採用)、昭和54年の判例以降は、構成要件が重なり合う限度で軽い罪の共同正犯が成立し、重い罪の部分は単独犯とする考え(③の命題の肯定)を採用していると解されている(いわゆる部分的犯罪共同説・通説)。最近の平成17年の判例[シャクティパット事件]においても、同様の見解に立っていると解されているが、いわゆる行為共同説からは、端的に④の命題の肯定、つまり、重い故意の者には重い罪の共同正犯、軽い故意の者には軽い罪の共同正犯を認めるべきとの批判がある(なお、判例は行為共同説を採用していると解する少数説[前田雅英]もある)。
本稿では、判例の立場の分析と法令の適用関係を考察しながら、従前の学説を整理しつつ判例が採用しているという部分的犯罪共同説の理解の再考をこころみるものである。
2 判例の流れ
(1)最判昭和23年5月1日刑集2・5・435
窃盗の意思で強盗の見張りをした者について、生じた結果の点からすれば本来刑法第236条第1項第60条に当たるべき場合であるが、他の共犯者の強盗所為は被告人の予期しないことであるから刑法第38条第2項の適用により刑法235条の窃盗罪として処断することは正当という。
(2)東京高判昭和27年9月11日高裁特報37・1
殺意のある甲、殺意のない乙、丙が共謀して暴行により被害者を死亡させた場合に、甲に刑法199条、乙丙に同法205条1項を適用した上で、甲乙丙全員に同法60条適用した原審を肯定した。なお、この法令の適用の仕方は行為共同説的である。
(3)最決昭和35年9月29日裁集135・503
恐喝の意思で強盗致傷に関与した者について、判示行為は、刑法240条前段、60条に該当するのであるが、被告人は恐喝の犯意しかなかったのであって、他の共犯者の強盗致傷行為は予想しなかったことであるから、刑法38条2項に従い軽い同法249条1項の刑責を負わせることとする。
(4)大阪高判昭和42・10・17判時510・78
甲に暴行の故意、乙に殺人の故意のもと被害者を死亡させた場合、甲について、客観的には殺人として刑法199条、60条に該当するが、軽い犯意に基づき同法38条2項に従い傷害致死として同法205条1項、60条をもって処断するという。
(5)鹿児島地判昭和52年7月7日判時872・128
殺意のあるA、暴行ないし傷害の故意のあるBCが共同してDに暴行を加え傷害を負わした事案につき、刑法38条2項は、重い罪が成立し軽い刑を科す規定ではなく、重い罪そのものが成立しないとの解釈を示し(罪名科刑分離説の否定)、これは共同正犯でも同じとして「共同正犯は二人以上の行為者が特定の犯罪に関して故意を共同にして、これを実行することが必要であり、共同行為者の認識している構成要件的故意が共同行為者相互の間においてくいちがっている場合に、それが異なった構成要件間のくいちがいであるときには、原則として共同正犯の成立は否定され、ただ例外的にそれが同質で重なり合う構成要件間のものであるときには、その重なり合う限度で故意犯の共同正犯の成立を認めることができ、その過剰部分についてはその認識を有していた者のみに単独の故意犯が成立することになる」とした上で、Aには、殺人未遂の単独犯、つまり刑法203条、199条、60条(但し傷害の範囲で)とし、BCには刑法204条、60条(Aと傷害罪の範囲で共同正犯となる)とする。
後述する昭和54年及び平成17年判例に先行する先駆的な裁判例であり、刑法38条2項の適用をせず、部分的犯罪共同説の理論構成を明確に示している。