犯罪各論の基礎 「逮捕引致後・勾留前の逃走及びその逃走に対する関与」
1 横浜地検川崎支部から、弁護人接見中に逃走した被疑者が先日逮捕された。
専用の接見室がなく、警備体制も不十分だったようで、早速、法務大臣は接見室・警備体制の拡充の方針を発表している。
2 一部のニュースでは、本件、逮捕引致後・勾留前の逃走について、逃走罪が成立しないことに疑問を呈しているが、現行法の解釈からするとこれはいたしかたないことである。ただし、別罪の成立の余地はある(後述)。
刑法の逃走罪の規定は以下のとおりになっている。
(逃走)
第97条 「裁判の執行により拘禁された既決又は未決の者が逃走したときは、一年以下の懲役に処する。」
(加重逃走)
第98条 「前条に規定する者又は勾引状の執行を受けた者が拘禁場若しくは拘束のための器具を損壊し、暴行若しくは脅迫をし、又は二人以上通謀して、逃走したときは、三月以上五年以下の懲役に処する。」
(被拘禁者奪取)
第99条 「法令により拘禁された者を奪取した者は、三月以上五年以下の懲役に処する。」
(逃走援助)
第100条
第1項「法令により拘禁された者を逃走させる目的で、器具を提供し、その他逃走を容易にすべき行為をした者は、三年以下の懲役に処する。」
第2項「前項の目的で、暴行又は脅迫をした者は、三月以上五年以下の懲役に処する。」
(看守者等による逃走援助)
第101条 「法令により拘禁された者を看守し又は護送する者がその拘禁された者を逃走させたときは、一年以上十年以下の懲役に処する。」
(未遂罪)
第102条 「この章の罪の未遂は、罰する。」
上記規定からわかるとおり、逃走罪(97条)の主体は「裁判の執行により拘禁された既決又は未決の者」である。すなわち、裁判の執行により、刑事施設に収容されている受刑者・刑の執行のため拘置されている者(既決の者)、被告人・被疑者(未決の者)をいう。被告人・被疑者の場合は、勾留状の執行により、拘禁されている者をいう(条解刑法第2版278頁)。よって、本件のように逮捕引致後・勾留前の被疑者の逃走は、裁判の執行により拘禁された未決の者にあたらず、本罪は成立しない。
なお、加重逃走罪の主体は、上記「裁判の執行により拘禁された既決又は未決の者」に加え、「勾引状の執行を受けた者」を含み、被拘禁者奪取罪及び逃走援助罪の客体の「法令により拘禁された者」は、これらよりも広く、逮捕されて連行途中の者、現行犯逮捕又は緊急逮捕されて令状発付前の者、少年院又は少年鑑別所に収容された者も含む(条解刑法第2版284頁参照)。
3 以上のとおり、本件では、逃走罪は成立しない。そこで、逮捕引致後(留置中を含む)逃走した被疑者の身柄拘束は、当初の犯罪の逮捕状を再発付し、その執行により行うことになる(刑訴法199条3項、刑訴規則142条1項8号参照、田宮裕・刑事訴訟法新版95頁、三井誠・法学教室132号61頁)。再逮捕禁止の原則の例外※の一場面である。なお、通常逮捕後引致中に逃走されたときは、元の逮捕状の効力で被疑者を逮捕することができる(田宮・前掲95頁、三井・前掲61頁)。
※再逮捕禁止の原則と例外
同一の犯罪事実についての逮捕・勾留は2回以上は許されない(一罪一逮捕一勾留の原則)。したがって、同一の犯罪事実による身柄拘束は異なった時点であっても、1回しか許されない。これを再逮捕(・再勾留)禁止の原則(逮捕・勾留の一回性の原則・異時反復の逮捕勾留の禁止)という。不当な逮捕勾留の蒸し返しを防止するためである。ただし、法は、例外的に再逮捕を許容する規定を置く(刑訴法199条3項、刑訴規則142条1項8号参照)。すなわち、再逮捕せざるを得ない合理的理由があり、かつ逮捕の不当な反復とならない場合に例外的に再逮捕が認められると解される(三井・前掲61頁田宮・前掲94頁参照)。本件は、この例外的場合にあたる。
4 では、逮捕引致後勾留前に逃走した被疑者に関与した者は、いかなる罪責を負うか。刑法は以下の規定を置いている。
(犯人蔵匿等)
第103条 「罰金以上の刑に当たる罪を犯した者又は拘禁中に逃走した者を蔵匿し、又は隠避させた者は、二年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。」
(証拠隠滅等)
第104条 「他人の刑事事件に関する証拠を隠滅し、偽造し、若しくは変造し、又は偽造若しくは変造の証拠を使用した者は、二年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。」
(親族による犯罪に関する特例)
第105条 「前二条の罪については、犯人又は逃走した者の親族がこれらの者の利益のために犯したときは、その刑を免除することができる。」
犯人蔵匿(ぞうとく)・犯人隠避(いんぴ)罪とは、国家の司法作用という法益に対する罪で有り、危険犯である。かかる犯罪行為は、犯人に逮捕発見を免れる場所を提供したり(蔵匿)、蔵匿以外の方法で犯人の逮捕発見を免れる一切の行為(隠避)することをいう。逃走資金の供与、犯人の身代わりの出頭などは隠避にあたる(判例)。犯人=「罪を犯した者」とは、逮捕された被疑者、起訴されている被告人が真犯人でなくても、これに当たる(判例。なお、団藤重光・刑法綱要各論第三版81頁は真犯人に限定し、無実の者を除外する。)。また、後段の「拘禁中に逃走した者」は、法令により、拘禁中に逃走した者をいい、その範囲は被拘禁者奪取罪(99条)、逃走援助罪(100条)等の「法令により拘禁された者」の範囲と一致すると解されている(条解刑法第2版290頁)。そうすると逮捕引致後勾留前に逃走した被疑者は、後段の「拘禁中に逃走した者」に当たるとみるのが正確であろう。
よって、本件では、逮捕引致後勾留前に逃走した被疑者に関与した者には、犯人蔵匿・犯人隠避罪が成立する可能性がある※。
※逃走援助罪の成否
逃走援助罪の客体には逮捕引致後勾留前の被疑者も含む。よって、事前的幇助つまり、逃走させる目的をもって、逃走前に器具を供与したり、手錠を解いたりする行為は当然、同罪が成立する。問題は、拘束場所から離脱し、「逃走」が既遂に達した後の事後的関与(事後従犯)形態が、同罪で処罰されるかである。本罪は逃走幇助的行為を独立罪として規定し、被拘禁者が逃走に着手しなくても処罰されると解され、被拘禁者の逃走罪を構成しなくても成立するので問題となる。この点、明文上も明らかでなく、明確にのべた文献もないが、逃走既遂後の事後的関与は、同罪は成立せず、もっぱら103条の「拘禁中に逃亡した者」の犯人蔵匿・隠避罪が成立すると解すべきである(私見)。けだし、被拘禁者奪取罪が被拘禁者を「奪取した」、看守等逃走援助罪が被拘禁者を「逃走させた」とあり、事前的逃走幇助形態を前提にしていることとの均衡、「逃走させる目的」は、被拘禁者が逃走する前の状況を前提にしていると文理上読めること、及び仮に事後的関与形態について逃走援助罪が成立すると、103条後段の存在意義がなくなるからである。
なお、犯人自身は本罪の主体にはならないが、犯人が他人を教唆して自己を蔵匿・隠避させた場合、犯人自身に犯人蔵匿・隠避罪の教唆犯の成立を認めるのが判例である※(最決昭和35・7・8、最決昭和60・7・3)。よって、逮捕引致後勾留前に逃走した被疑者が、犯人蔵匿・隠避を第三者に教唆した場合は、逃走罪は成立しなくても犯人蔵匿・隠避罪の教唆犯が成立する可能性があることになる。
※犯人の自己蔵匿・隠避及び証拠隠滅罪の教唆の成否
既述の通り、判例は肯定説をとる。肯定説は、その理由として、①「他人に犯人蔵匿・証憑(証拠)隠滅の罪を犯させてまでその目的を遂げるのは、みずから犯すばあいとは情状がちがい、もはや定型的に期待可能性がないとはいえない」とする見解(団藤・前掲90頁)、②「犯人自身の単なる隠避行為が罪とならないのは、これらの行為は刑訴法における被告人の防御の自由の範囲内に属するからであり、他人を教唆してまでその目的を遂げようとすることは防御の濫用であり、もはや法の放任する防御の範囲を逸脱する」とする見解(判例、条解刑法第2版291頁)がある。
しかしながら、②の見解は、犯人の自己蔵匿隠避を被告人の防御の自由と理解するが、かかる行為はそもそも刑事手続き上の防御権ではない。まして、犯人自身による証拠隠滅行為は、とうてい防御の範囲とはいえない。よって、理由付けとしては①が妥当である。①に対しては、正犯として期待可能性がない者が、間接的な教唆犯として期待可能性があるというはおかしい、むしろ、なおさら期待可能性がないものとして不可罰とすべきという批判がある(否定説。西田典之・刑法各論第6版460頁等。なお、肯定説は実質的に責任共犯論であり、通説的な惹起説=因果的共犯論と適合しないとの共犯理論的批判もある。)。しかし、期待可能性(責任)の評価は行為の態様・付随事情により異なるものであり、他人を巻き込む教唆態様のほうが、隠避等の確実性を高めるのであり、逮捕発見を遅らす可能性が高い(このような意味で法益侵害性が高い[前田雅英]ということはいえる。)。
よって、「みずから犯すばあいとは情状がちがい、もはや定型的に期待可能性がないとはいえない」のであり、犯人が、他人を教唆して違法な犯人蔵匿・隠避を実行させた場合は、間接的に違法な犯人蔵匿・隠避の構成要件=刑事司法作用という法益の侵害の危険を惹起したものと評価でき(共犯論における惹起説・制限従属性説とむしろ適合する。※)、教唆犯成立が肯定されるというべきである(もちろん、この立場であっても、教唆態様の場合でも、具体的な事案において期待可能性がないこともありえないわけではなく、その場合には、責任が阻却され教唆犯不成立の余地があることを否定するものではない[団藤・前掲90頁参照])。
なお、親族による特例を定める刑法105条の任意的刑の免除は、親族間の人情を考慮し、期待可能性の減少を反映したものであるが、同様のことは、犯人が親族に蔵匿・隠避を教唆した場合も考慮に値するものであるから、この場合は、犯人に教唆犯が成立するも、105条の準用を認めるべきであるし(団藤・前掲89頁参照。反対 東京高判昭和33・6・2)、事情によっては責任阻却もあり得よう。
※消極的身分と刑法65条1項
正犯たりえない者も共犯たり得る場合として身分と共犯の65条1項の規定があることからすると、犯人であることは一種の消極的身分(身分があることにより犯罪が成立しない場合。例えば、無免許医療罪における医師の資格を有している者など)で有り、同条項の適用による教唆肯定説も考えられよう。教唆否定説に立ってはいるが、一般論として消極的身分犯や疑似身分犯に65条1項の適用を示唆する見解として平野龍一・刑法総論Ⅱ369頁がある。