(2)しかしながら、過失犯の実行行為は、結果回避義務違反であり、結果回避義務は事前的な結果回避可能性を前提にすると理解する限り(法は不可能なことを義務づけないので)、少なくとも行為時において判断される事前的な結果回避可能性の問題は、条件関係ではなく、過失犯の実行行為性=結果回避義務違反の問題と理解するのが理論的には適切であろう(結果回避可能性がない場合に「過失」がないとするのは最判平成4・7・10、東京高判平成20・7・16など。結果回避可能性がなく無罪とするのは最判平成15・1・24など)。
他方、事後的な結果回避可能性について、条件関係ないし因果関係の問題と位置づけることはどうであろうか。
結局、事後的結果回避可能性の判断が仮定的事実ないし競合する介在事情及び行為者の実行行為と現に発生した結果との帰責(帰属)の配分という法的(規範的)評価と関係する限り、条件関係そのものではなく因果経過の相当性(相当因果関係説)ないし危険の実現(客観的帰属論)の問題=法的規範的価値判断の問題と理解することができる(いわば、結果回避可能性の実行行為と因果関係の二元的構成のアプローチ 高橋則夫・刑法総論211頁~212頁、なお、修正旧過失論の立場から前田雅英・刑法総論講義第5版299頁、310頁も、ほぼ同旨)。※
また、故意作為犯については、具体的結果との関係をみるかぎり、事前的にも事後的にも結果回避可能性が問題とされることは少なく(ただし、例外的に緊急避難的状況の場合がありうるが)、具体的結果が同じであっても、因果関係を否定する条件公式の結論自体疑問の余地もあるので、論理的結合説を採用するかは、なお検討の余地がある。この点は、合法則的条件の理論※※の採否も含め、因果関係論の枠付け全体で検討しなければならない。
※ 事前的結果回避可能性と事後的結果回避可能性
事前的結果回避可能性は、「行為時に行為者にとって必要な回避措置をとる可能性があったかどうかという義務の履行可能性」の問題であり、事後的結果回避可能性は、「結果回避措置をとる義務の履行が法益保護のために有効であったかどうかという意味での結果回避可能性」の問題と解される。そして「過失犯における結果回避義務は、行為時に結果回避措置を行うことが可能か否かという判断が中核となる以上、事前的結果回避可能性だけが過失犯固有の問題となり、事後的結果回避可能性は、義務違反と結果の関係を問題とする因果関係の問題として位置づけられる」(高橋・前掲210頁)。
※※合法則的条件の理論
条件関係を「AなければBなし」の公式ではなく「AあればBあり」の公式で判断する見解をいう(山中敬一・刑法総論初版Ⅰ・252頁など)。これは一つの結果に対して2つの原因を認めうることになり、択一的競合についても、仮定的因果経過についても、合義務的挙動についても条件関係が認められる。この見解は、従来の条件公式が必要条件の関係を確認するものであることに対して、十分条件の関係を確認するものである。すなわち、「ある行為に時間的に後続する外界における変化が、既知の自然法則に基づいてその行為と必然的に結合しており、構成要件該当結果として示されるか否か」の公式であり、一般的な法則性の確認(一般的因果性)とその具体的事例への適用(具体的因果性)により判断する(高橋・前掲114頁)。この理論の適用はシンプルであり、かつ条件関係はほとんど否定されない。結果回避可能性の問題は前述のように実行行為(結果回避義務違反)か狭義の相当性・危険の実現の問題として把握されることになる。