刑事手続きの基礎「伝聞証拠と供述調書」(上)
第1 はじめに
最近、法科大学院で指導している若い弁護士と話した際に、新司法試験では、伝聞証拠の問題がよく問われるらしい。アルバイトの法科大学院生も伝聞証拠の判例を必死に勉強していた様子をみると、いつの時代も刑事訴訟法において伝聞証拠のわかりにくさ、難しさというのは変わらないらしい。他方、今日の裁判員制度では、できるだけ口頭主義、直接主義でわかりやすい審理が実施されており、かつての「調書裁判」「精密司法」といわれた時代に比べれば伝聞証拠の採用や解釈の問題はあまり表面化せずに推移しているようにもみえる。実際、筆者の経験からも伝聞証拠プロパーの争点が実務上争点となったことは少ない。
しかし、刑事手続きを俯瞰すると、捜査における被疑者取り調べはもとより関係者の聴取、各種捜査結果は、書面化・調書化という形で保存され累積していき、かかる書面ないし調書は公判における犯罪の証明において、同意による伝聞性解除等を通じて活用される。また、伝聞証拠の同意不同意は、人証の範囲の絞り込みの指針として重要で有り、書面ないし調書の刑事手続きにおける役割は今日おいても大きな意味をもつ。そこで、伝聞証拠の理論的基礎を概説しつつ、伝聞書面である供述調書にしぼって基礎的なことを整理確認していきたいと思う。
第2 伝聞証拠及び伝聞法則の意義…非伝聞と伝聞例外
刑訴法320条1項「第三百二十一条乃至第三百二十八条に規定する場合を除いては、公判期日における供述に代えて書面を証拠とし、又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とすることはできない。」
1 伝聞証拠とは、公判廷外での供述を内容とする証拠であり、供述の内容の真実性を立証するために用いるものをいう(刑訴法320条1項、田宮裕・刑事訴訟法新版363頁参照。なお、後述する伝聞法則の趣旨から、反対尋問によるテストを経ない供述証拠(平野龍一・刑事訴訟法203頁)ともいわれる。)。換言すれば、又聞き、人から伝え聞いたことを内容とする供述である。
たとえば、「被告人が被害者を殴った」ことをAが目撃したと話しているのを聞いたとするBの供述である。犯行を直接目撃しているのはAであり、Aが目撃したということをBが聞いたと証人として証言し、その証言を被告人の犯行を立証するために用いる場合は、間接的な供述証拠、つまり伝聞証拠ということになる(伝聞証言 刑訴法320条1項後段)。
また、Aが公判廷で直接証言せず、Aの供述内容を書面化して供述調書とし、かかる調書を被告人の犯行を立証するために用いる場合は、Aの供述調書も伝聞証拠となる(伝聞書面 「公判廷の供述に代わる書面」刑訴法320条1項前段)。
2 こういった伝聞証拠は、原則として証拠とすることはできない(刑訴法320条1項)。伝聞証拠は、供述内容である体験事実について、供述者の供述過程、すなわち①知覚②記憶③叙述(表現)の正確性を公判廷における宣誓(偽証罪による威嚇)、反対尋問、供述態度等を通じて吟味(チェック)できない。よって、供述者の供述過程を確認できない以上、供述の信用性について保証はない。そこで、反対尋問権の保障、誤判防止等から証拠適格(証拠能力)を否定するのである。これを伝聞法則という。※
3 しかし、法は「第三百二十一条乃至第三百二十八条に規定する場合を除いては」と規定し、321条ないし328条において伝聞証拠を例外的に証拠として用いることを認めている(伝聞例外)。また、伝聞証拠は、要証事実との関係で証拠として使用の許否が決まる機能的相対的概念で有る。よって、ある要証事実の関係では、伝聞証拠とはならない場合があり、これを非伝聞という。※※
4 このように伝聞証拠は、伝聞例外及び非伝聞の概念より、証拠として許容される範囲が柔軟に理解されている。論理的には当該供述証拠が①伝聞か非伝聞か※※※、②伝聞にあたるとして例外にあたるかの順序で検討されることになる。※※※※
※伝聞法則と反対尋問権・直接主義との関係
伝聞法則は英米法のコモン・ローに由来する証拠法則であり、特に被告人の証人審問権・反対尋問権の保障(憲法37条2項)との関係を強く結びつけて理解するのが通説的見解である(平野など。それゆえ通説は326条の同意を反対尋問権の放棄と理解することになる。しかし、当事者主義の観点からは伝聞性の解除行為という意味で積極的な証拠能力付与との実務の理解が妥当とおもわれる。)。もっとも、証人審問権の保障と伝聞法則を区別して理解する見解も有力である(田口守一「証人審問・喚問権と伝聞法則」現代刑事法2000年8月号第16号7頁以下参照)。この点、両者の関係が密接であることは確かであるが、伝聞法則は検察官立証のみならず弁護人立証にも適用があるのであり、被告人の証人審問権とは独立した証拠法則としての意味もあることは肯定せざるをえない(しかし、弁護人立証としては伝聞法則は立証を困難にさせ不利となるものであり、同法則の適用を含むいわゆる「厳格な証明」は被告人デュープロセスの観点から、被告人側には適用すべきではないという片面的構成説が学説上主張されることには十分な理由がある。この問題点については後述する。)。
他方、大陸法(ドイツ法)由来の直接主義(裁判所が証拠を直接調べることの要請)との関係は、書面主義の排斥(口頭主義の重視)という点で伝聞法則の要請と重なる部分もあるが、法理としては別のものと理解するのが一般である(田宮)。ただし、被告人供述調書も伝聞書面として扱われることからすると(322条)、被告人自身に対する反対尋問権は意味をなさないので、直接主義・口頭主義の要請も加味して、あるいは広く公判中心主義の現れとして伝聞法則を理解することも可能であろう。
※※非伝聞と伝聞例外との関係
英米法においては、伝聞証拠が例外的に許容される一般要件として、①供述不能など必要性と反対尋問などのチェックに代わる②信用性の情況的保障がいわれる(ウィグモア)。
日本の刑訴法の伝聞例外規定においても、①②が考慮されていることがうかがわれる。
しかし、同一人の矛盾供述は、証明力を減殺する弾劾証拠として使用する場合は、本来、非伝聞であるが、現行法は伝聞例外として許容している(328条)。他方、検面調書における同一人の矛盾供述を実質証拠つまり伝聞例外として許容している(321条1項2号後段。この点は英米法よりも緩やかに許容している。)。このように日本の刑訴法の規定は非伝聞・伝聞例外を厳密に区別して規定しているわけではない。なお、英米法では、判例法により広く伝聞例外が認められているが、日本法の規定である320条1項が伝聞例外を「第三百二十一条乃至第三百二十八条に規定する場合」にしか認めない表現になっているため、非伝聞の概念により供述証拠の許容性を柔軟に計ろうという意図が判例通説にはあるのかもしれない(もちろん、伝聞例外規定もゆるやかに解釈している)。
※ ※※非伝聞の類型:言葉(供述)の内容の真実性を問題としない場合
① 言葉の非供述的利用:言葉の存在そのものが要証事実 「A宅に爆弾をしかけた」という脅迫文など
② 言葉の情況証拠(間接事実)としての利用:例えば、言葉の存在により精神状態(内心)を立証(推認)する場合=精神状態の供述
ア 被告人から「白鳥はもう殺してもいいやつだ」「堂々と襲撃しよう」という話を聞いたというAの供述は、被告人の発言自体を要証事実とするかぎり(犯意ないし意思連絡の推認)、伝聞ではない(最判昭和38・10・17白鳥事件)。
イ 強姦致死の被害者が「被告人はすかんわ、いやらしいことばかりする」といっていたというBの証言は、被害者が被告人に嫌悪の感情を示す(推認する)ものとして使用する限り、伝聞ではない。しかし、被告人がいやらしいことをしたかどうか(犯行の動機の推認)の立証に使用する場合は、伝聞である(最判昭和30・12・9)。
ちなみに精神状態の供述について、英米法では伝聞例外として位置づけているようである(田宮=多田・セミナー刑事手続法証拠編190頁)。なお、犯行計画(共謀)メモを精神状態の供述として理解する判例として大阪高判昭和57・3・16、東京高判昭和58・1・27がある。精神状態の供述は、供述のプロセスである知覚、記憶、叙述のうち知覚、記憶の過程を欠くので非伝聞と理解するのが通説であるが、共謀という犯罪構成事実そのもの示す証拠(①と同じ類型)として理解する見解もある(田宮=多田・前掲189頁、193頁参照)。
③ 言葉が行為の一部の場合:被害者が被告人に殴られて「痛い」といっていたのを聞いたというAの証言(自然的発言)
※※※※伝聞不適用
要証事実との関係で伝聞証拠であってもそもそも伝聞法則自体が不適用となる場合をいう。簡易公判手続(320条2項)、同意書面(326条)などといわれるが、同意書面は法文上伝聞例外規定として位置づけられているし、簡易公判手続は異議があれば、伝聞法則の適用が認められる。これらは伝聞性の解除であり、この意味では広い意味で伝聞例外の一種と理解することもできる。