数ヶ月の健闘の結果この4枚に先生がセレクトしてくれ
この2枚が選ばれた。
わからん、何故この2枚なのだろう。
未だにわからないことばかりだが、
いつかはわかるだろう。
目が出来てないんだなぁ。
私は耳と口の人なんだなぁ
空海の臨書
行書はますますわからない。
「かな」はさらにわからない
いつか来るであろう、わかる日まで、やるしかない。もう7年くらいやってるのかなあ、
特に楽しいという感情もない。どちらかと言うと、苦しい。
でも、やるしかないのだ。なんとなくそう思っている。
お稽古というのは、元来、俗に言う「面白い」ってもんでもないんじゃないかなぁ〜
出来ないことをできるようにするよう、努力するだけで、娯楽でもないし、趣味でもない。
趣味のレベルにいくには、楽しんでできるレベルにならないとならない。
そこの域に達するには、ある程度の時期は必死にやらないと出来ない。
また、人になかなか出来ないことを、稽古の末、出来るようになれば
そこそこ楽しくなるんではなかろうか。
例えば、朗読は30年くらいやってるから
今は楽しめると言えば楽しめる領域だが、
若い時はそれなりにいろいろやってきたように思う。
だからたまに、生徒さんが楽しめてないと、悪いような気にもなるが、お稽古の楽しさは
あゝ楽しい!
というようなものではないかもしれないから仕方ないのかもしれない。
ただ、一生懸命取り組めるようなものであれば、それはそれで幸せな時間である。
夢中になって、打ち込んで、くたくたになるけれど、それが楽しいって言うことなのかもしれないな〜



























