彼は、気が付いたら私の車に乗っていた。
「どこまで行くの?」と聞いても答えない。
ただ風に吹かれている。
その横顔は、哲学者のようでもあり、
とぼけているようにも見える。

「君は気楽でいいね」と呟くと
「貴様は今、私を見下したな」と
突然語り掛けてきた。

「気楽でない貴様は、どんな崇高な悩みを抱えているのか?
 聞いてやろう。1か月前、何を悩んでいた?
 思い出せぬだろう。つまり、その程度のことだ。」

「そもそも貴様たちは、要求ばかりだ。
 あれが足りない、こうでなくてはならない
 誰がなにをした、なにをしなかった。
 それをすべて覆したからといって現状に何か違いがあるのか?
 否だ。貴様たちが何をどうあがこうと、大勢に影響はないのだ。
 ただ生きてただ死ぬということが、なぜ出来ぬ。心に雑音が多すぎるからだ。」

「君と私では命の長さが違い過ぎるから…」

「詭弁だ。一瞬先に貴様が生きているという保証はどこにもない。
 この一瞬の重さに違いなどはない。」


そんな説教をされているうちに目的地に着いた。
「こんなとこまで連れてきちゃったけどよかったの?」

「大仰な物言いだ。私は自分の意思で貴様のクルマに乗った。
 その結果着いたのがここというだけだ。どこに着こうがそこで私は生きていく。
 私自身ですら自分の身の振り様を選べぬのに、
 貴様如きが私の生涯に影響を及ぼせると思いあがるなど、片腹痛いわ。」

もう何を言っても説教されるので、ちょっとうんざりした私はクルマから降り
口をとがらせながら、彼に指先でちょっかいを出した。

彼は短い触角をピンと立て、その針のように細長い後ろ足で
ワイパーから地面へ飛び降りた。

その後の彼のことは、
知らない。





ワイパーに虫が止まってると、気になって仕方ないよね。
真ん中から端っこまで歩いてったと思ったら
そこでずっと止まって動かないから
落っこちそうで気が気じゃなかったわ!