従兄弟の家に着くまでの間に、息子に事の次第を報告。


申し訳ないが、私たちには選択の余地はない。

とにかく明日、プレスクール終了後、ここまで来ておっちゃんの面接を受けること

と、申し渡しを済ませて、電話を切った。


息子と面と向かって話すまでは、心がまだちょっと重たい。


しかも、私が家に帰りついてから、息子がプレスクールに出発するまでの時間は

駅までの車中10分ほどしかないのだ。


それも、娘にアパートから自宅までクルマ取りに行ってもらって

早朝5時半に駅まで私を迎えに来てもらって、やっと可能になる。


やれやれ、気骨の折れることだけど、何とかやり遂げなくては。



従兄弟の家で、久しぶりに伯父、伯母と会った。

みんなでにぎやかにわいわい話しながら楽しい夕食のテーブルを囲ませてもらった。


食事が済んでみんながそれぞれの部屋に退散してから、

伯母と二人で、話す。 最初はとりとめもない話を。


このところずっと東京は寒かったのに、今日一日だけは本当に暖かかった。

いい日に来たね。こんな日は久しぶりだよ。


そうなんだ。 ところで伯母ちゃん、東京に来てから太ったね、よかったね。


美味しいご飯食べさせて貰ってるからねえ。


そんなこと話しながら、だんだん息子を東京に出すことが本当はとても辛いこと、

お金が心配なことなど、ぽつぽつ話しているうちに涙が堪えきれなくなってしまった。


よく決心したねと、言われても、決心ついてる自覚がなくてまた泣ける。



でも、この日実際にアパートと駅の間(徒歩6分)にある

ちまっとした町並み、商店街などを見て、自分でも住みたくなったからほっとした。

クルマが除け者になる町。家族が、人がちゃんと住んでる町。


ここなら、学校帰り、駅から家に着くまでに買い物は全て終わるし

バイトも困ることはなさそうだ。


実際に来るまでは、どんな街の写真見ても

何だか途方もなく、心荒む街に見えてしまって、いたたまれなかった。

やはり、物件だけでなく、どんな町なのかというのは、重要だと実感した。



実は従兄弟が息子のために書いてくれた記事に


「若いうちは、家に住むな、町に住め」


というのがあったのだけれど、まったくそのとおりだなと納得した。

ここならきっと寂しくない。楽しい毎日が過ごせそうだ。


従兄弟がこの町をおしていたのは、ここから従兄弟の住む町に

直通のバスがあるからでもある。


急行が止まる駅に挟まれた各停駅というのも家賃を抑えてくれている。


この1ヶ月ほど、知恵熱が出るんじゃないかと思う程

東京の地理、交通網、物件を頭に入れた。


それでもわからないことだらけ。

とても私一人では決心つかなかった。


この昭和レトロの部屋も、私は自宅にいるみたいで心和むけど、

今までさんざんオシャレなロフト付きの部屋、ユニットバス、フローリングなどと

夢を見させてしまっていた手前、心苦しくて迷っていた。


従兄弟が

「こういうところからスタートすれば何も怖くない。

 どうしても嫌なら自分の力で這い上がる気持ちにもなるだろう。

 東京一人暮らしのスタート地点としては文句のつけようがない」


と言ってくれたので、一歩踏み出すことができた。


ほんと偉そうなこと言ってても、いざとなると情けないね、自分。



帰りのバスが出発するのは23時すぎだが、さすがに従兄弟んちにそれまで

待機することはできないので、おいとました。


バスのやってくる中野に降り立ち、街中を2往復ウロウロし

結局歩き疲れて入ったのはカラオケ屋さん。

90分、初めてのヒトカラ。まさかここでやることになるとは…。



熱唱のおかげか、純粋に疲れたからか、帰りのバスでは細切れだけど、ちょっとは眠れた。


この時はまだ、次の日、同じ東京で息子がえらい目に遭うことは知らなかった。