『100%HONDA誕生!!』Part2:ニック・フライ | Notesのブログ

『100%HONDA誕生!!』Part2:ニック・フライ

皆さん、長々とお待たせいたしました
進路のこともありましてなかなか更新が出来ませんでした
久しぶりにブログを更新ということで、マサユキさんの「バトン」というものにまず解答させて頂いたので一つ前のブログにありますので、ぜひ見てください

ところで本題に入りたいと思います。

BARのチーム代表であるニック・フライについて今日は書きたいと思います
ニック・フライはBARに「2005年勝利する本気の監督」として雇われました
しかし、前半戦はサンマリノの車両重量問題、オーストラリアのエンジンルールの穴をついた問題など様様な問題を起こしてきました
正直、話になりません。
特にサンマリノでの車両重量問題ではスペイン、モナコの2戦出場停止処分とポイント剥奪という非常にチームの名を傷つけてくれました
そのせいで前半戦はBARは成績が残せず、優勝などほど遠い位置にはじき返されました
また、後半戦はバトンが10戦連続ポイントを獲得するもルノー&マクラーレンに異次元の速さを見せ付けられ優勝など無理でした
また、トルコGPでは1ストップ終えたバトンがストップをしていない琢磨を押さえつけるという、本来なら譲るべきところでバトンのわがままで大きなリスクを負い琢磨が惜しくもポイントを稼げないというおかしなことも起きてしまいました
今年のBARはこのような年でした。

2004年、BARは飛躍の年でした
その年のチーム監督はデイビット・リチャーズ(以下リチャーズ)でした
彼は話によると、ガレージにネジの1本でも落ちているとクルーを注意し、チーム管理も徹底していました
その徹底したチーム管理でチームをまとめ上げ、見事コンストラクターズ2位を獲得しました
しかし、バトンの移籍騒動で彼は飛ばされ今のニック・フライになったわけです

彼らは似ている面もありますが、性格が全く違います。
ニックフライはチーム代表としてその席に座りいわゆる戦略家と言われています
一方のリチャーズはチームのボスとも言える存在でパドック内でも発言力があり、頼れる存在でした
しかし、戦略能力に欠けていたといわれています

今のBARはチームがドライバーを制御できていないことがあらわになっていてチームとしてのまとまりがありません。
このような現状に私はリチャーズを呼び戻し、もう一度チームの再建を図るべきだと考えます

11月初めに2NDチーム「アグリ」が誕生しましたが、まだ不透明な部分があるので正式発表後に書きたいと思っています
次回は「巨人トヨタ」について書きたいと思います。
お楽しみに