折れた翼よ再び…希望の光を探して -111ページ目

真っ向勝負

待ち合い室で出会う事が出来た女性に勇気をもらった俺はこの日からやけどの消毒という痛みの悪魔に真っ向勝負を挑むようになった。

神経が再発してから
いつもあまりの痛みに絶叫し
先生と看護士さん6人がかりで俺を抑えての消毒だった。

でもこの日から
痛くても辛くても口を閉ざし今まで6人がかりで抑えての消毒も
1人耐えるようにした。
時には痛みに耐えるあまり気絶してしまう事もあった。

相変わらず夜は痛くて眠れなく
毎晩過ごしていた。

ここから先は
かけがえのない友の話になります。

輝いていた瞳

痛みに耐えながら待ち合い室で座っていた俺に声をかけてくれた女性がいた。

「大丈夫ですか?凄く痛そうだから。」

その声でうつむいていた顔をあげてその女性を見上げ俺は言葉を失ってしまった。


その女性は顔の半分かなり重度のやけどをおっていて、顔の半分の形が変わっていたからだ。
まだ凄く若い女性だった。

「あ…大丈夫ですよ!」
やせ我慢してなんとか言った言葉にその女性はニコって笑い

「本当に大丈夫ですか?」と隣に座ってきた。


そして

「私の顔すごいでしょう?私は油をひっくりかえしちゃった勢いで顔にかかったの。」





俺はこんな俺のケガより
もっともっと辛い現実と闘っている人がまだまだいるんだ
俺弱気にばかりなっていた



診察室に呼ばれるまでいろんな話をその女性は聞かせてくれた。

仕事もやめて恋人にも別れを告げた事
そしていつか移植手術をして
仕事も恋も復活させたいと思う事

その話をしている女性の瞳は
とても輝いていて

たくさんの勇気


そして「あきらめない」って
何より大事な気持ちを蘇らせてくれた


この日を境に

やけどと俺の真っ向勝負が始まった。

地獄の痛み

神経が再発してからの右手の痛みは想像を絶するものだった。

息をすって吐くたびに右手の痛みは全身に広がり
立っていられないほどの痛みだった。

夜は眠れず気が付くと朝がやってくる…そんな生活

それ以上に病院の消毒が半端じゃなく痛かった。ここでは消毒内容はあえて伏せておきます。

痛みと戦いながら1週間が過ぎ
いつしか笑う事も出来なくなり
憂鬱な顔で待ち合い室に座っていた

その待ち合い室で俺に勇気をくれたやけどの患者さんに出会う事になる。

新たな病院での治療

専門病院を紹介してもらい
新しい病院に行くことになった。

その病院の形成外科はとても有名な病院だったみたいだった。

新しい病院の中に入り手続きを済ませ名前を呼ばれるまでひたすら待った。

そして待つこと一時間
名前が呼ばれた。

ドキドキしながら診察室に入り
先生に右手を差し出した。

先生はじっくり右手を見つめながらこう言った。


「神経がおそらく焼けてしまっているかもしれませんね。二、三日消毒を繰り返してもしも神経が戻らなければ切断を考えておいて下さい。」


「やっぱり切断なのか?ギターはもう弾けないのか?」

また頭が真っ白になった。





病院に通う事4日目



いつものように
病院に行き先生の前で看護士さんが包帯をとる。



神経の再発に期待などしていなかった。



そんな時、先生がいきなり


「神経が再発している!」



びっくりして自分の右手を見た。赤い点みたいなものがたくさん右手のこうについていた。


先生はもしかしたら再生するかもしれないから頑張って見ましょう!


希望の光は差し込んできた。

そして5日目
赤い点がさらに広がり神経の筋みたいになっていた。
しかしここからが痛みとの闘いだった。

神経の再発は痛みも感じるという辛い日々の始まりだった。

病院での診断

病院に搬送され最初に見てもらったのは皮膚科の先生だった。

先生は俺の右手を見てから
静かに話を始めた。

「この状態はかなり厳しい状態です。ご家族の方に連絡出来ますか?」


「え?あ…もしかしたら帰っているかもしれないので」
俺は電話をかけた。
だがまだ誰も帰っていなかった。
とりあえず念入りに消毒をしましょう。と言われて消毒をした。だけど痛みは全く感じない。

俺は嫌な予感がしてきて
「あの…先生?俺バンドでギターを弾いているんですけど右手大丈夫ですよね?デビューも控えているんです。」
そういった俺に先生は
難しい顔で
「もしかしたらギターも弾けなくなってしまう可能性は大きいです。弾ける前に右手の腐蝕が始まれば切断しなければいけなくなる可能性もあります。今後の人生の生き方も考えなくてはいけなくなる可能性もあります。」



…。


俺は全て頭が真っ白になった。




ギターがとっても大好きで
仕方ない俺がギターが弾けなくなってしまう。それだけじゃなくこの右手を失う?



言葉も出ず
ぼーっとする俺
どれくらいの時間がたったんだろう…


気が付けば先生は家にまた電話をしていた。
母親は帰っていたらしく電話ごしに泣いていたと先生は言っていた。母親もデビューが決まりそうなのを知っていたからな。

先生は専門の形成外科の大きな病院に紹介してくれると言って紹介状を書いてくれた。
先生は他の病院に行く前まで休みを返上してまでひたすら消毒を繰り返ししてくれた。
そして同時にバンドメンバーと所属していた事務所、レコード会社の人たちにもこの事故の事を話した。
とりあえ専門病院で治療を受けてみろと言われて
専門病院に行くことなった。

この先がこんなに痛く辛い現実が待っているなんて夢にも思わなかった。

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