○○東京LIVE へ
すぐに○○と○○のお母さんを東京に呼ぶ計画が始まった。
まず交通の手配
短時間の交通手段で○○の体に負担をかけないようにするには飛行機が一番早い
○○は義足を使っていたんだけれど義足での長時間の歩行はかなり辛いと考えて車椅子の手配。
そしてLIVEの準備とスケジュールは一気に忙しくなった
LIVEハウスを借り切り
○○だけのLIVEを企画した。
バンドのみんなとも念密なリハーサルが何回も行われた。
俺の家族、友人も一丸となってこの東京LIVEに協力してくれた。
そして月日は流れ○○が東京にやってくるその日を迎えた。
まず交通の手配
短時間の交通手段で○○の体に負担をかけないようにするには飛行機が一番早い
○○は義足を使っていたんだけれど義足での長時間の歩行はかなり辛いと考えて車椅子の手配。
そしてLIVEの準備とスケジュールは一気に忙しくなった
LIVEハウスを借り切り
○○だけのLIVEを企画した。
バンドのみんなとも念密なリハーサルが何回も行われた。
俺の家族、友人も一丸となってこの東京LIVEに協力してくれた。
そして月日は流れ○○が東京にやってくるその日を迎えた。
東京に○○を呼びたい
○○くんとは1週間に何回もメールや電話をする日々が多くなった。
いつのまにか ○○くんは
俺を兄ちゃんと呼び俺 も○○くんを呼び捨てで呼ぶようになっていた。 いつものように電話で話をしていると○○は
「一度でいいから兄ちゃんのLIVEを生で見て見たいな」と電話ごしにつぶやいた。
○○が東京にLIVEを見にくるのは大変な事だったし
俺が○○の所に行く事もすぐには無理だった。
でもいつまたガンが転移をして再発してしまうかわからないと○○のお母さんにも言われていたからどうにかしてLIVEを見せてあげられないか悩んだ。
なんとか○○の希望を叶えてやりたい。
そして俺が出した結論は
家族や友人、友人のまた友達に
この事実を話して募金を始めた。
東京でLIVEをやる度
募金箱を用意して
会場でチラシを配った。
募金にたいしては賛否両論の意見がぶつけられた。
時には「募金とかいって自分で使っちゃうんじゃないの?」とかも言われた。
それでも募金を続けた。
自分もお金を貯めた。
そして2ヶ月で
信じられないほど集まって
○○と○○のお母さんを東京に呼びLIVEを見せる企画が始まった。
いつのまにか ○○くんは
俺を兄ちゃんと呼び俺 も○○くんを呼び捨てで呼ぶようになっていた。 いつものように電話で話をしていると○○は
「一度でいいから兄ちゃんのLIVEを生で見て見たいな」と電話ごしにつぶやいた。
○○が東京にLIVEを見にくるのは大変な事だったし
俺が○○の所に行く事もすぐには無理だった。
でもいつまたガンが転移をして再発してしまうかわからないと○○のお母さんにも言われていたからどうにかしてLIVEを見せてあげられないか悩んだ。
なんとか○○の希望を叶えてやりたい。
そして俺が出した結論は
家族や友人、友人のまた友達に
この事実を話して募金を始めた。
東京でLIVEをやる度
募金箱を用意して
会場でチラシを配った。
募金にたいしては賛否両論の意見がぶつけられた。
時には「募金とかいって自分で使っちゃうんじゃないの?」とかも言われた。
それでも募金を続けた。
自分もお金を貯めた。
そして2ヶ月で
信じられないほど集まって
○○と○○のお母さんを東京に呼びLIVEを見せる企画が始まった。
声
CDを送ってから1週間が過ぎた。
昼間に車に乗って移動中に
携帯がなった。
ハンズフリーのマイクを付けてなかったから電話に出れず
しばらく走って車を止められる場所に停めて携帯の着信履歴をみた。
見たことのない番号…
ましてや見たことのない番号だから登録もしていない。
でも伝言メモの表示が出ていたから伝言メモを聞いてみた。
「あ…○○です!あの…CDありがとうございました!凄い嬉しかったです!また電話します!」
伝言メモはそこで切れていた。
まさしくあのテレビに映って病魔と闘っていた○○くんの声だった。
あまりのびっくりさと
突然の電話だったからしばらく動く事が出来ずにいたけれど
俺はすぐに電話をかけなおした。
「もしもし!はじめまして!○○くん?Guyです!CD無事に届いてくれてよかったです!」
どれくらい○○くんと話をしたのだろう。
お互いの紹介などなかった。
それはまるで昔から知っていたかのようにすぐに打ち解けられた
そして○○くんとメールや電話をする日々が始まった。
昼間に車に乗って移動中に
携帯がなった。
ハンズフリーのマイクを付けてなかったから電話に出れず
しばらく走って車を止められる場所に停めて携帯の着信履歴をみた。
見たことのない番号…
ましてや見たことのない番号だから登録もしていない。
でも伝言メモの表示が出ていたから伝言メモを聞いてみた。
「あ…○○です!あの…CDありがとうございました!凄い嬉しかったです!また電話します!」
伝言メモはそこで切れていた。
まさしくあのテレビに映って病魔と闘っていた○○くんの声だった。
あまりのびっくりさと
突然の電話だったからしばらく動く事が出来ずにいたけれど
俺はすぐに電話をかけなおした。
「もしもし!はじめまして!○○くん?Guyです!CD無事に届いてくれてよかったです!」
どれくらい○○くんと話をしたのだろう。
お互いの紹介などなかった。
それはまるで昔から知っていたかのようにすぐに打ち解けられた
そして○○くんとメールや電話をする日々が始まった。
少年との出会い
楽曲制作にとりかかり
いつも曲、歌詞ともある程度の時間がかかっていたのだけれど
MY DREAM YOUR DREAMに関しては不思議とメロディーも曲も歌詞も次から次へと湧き出てきて
あっという間にかけた。
そしてレコーディングをすぐ開始して3日後にはすべてが完成していた。
完成した楽曲をまず彼に届けるには番組を放映していたテレビ局に問い合わせをして彼のもとに出来上がった楽曲のCDを届けてもらえるかどうか電話で確認をした。
テレビ局では
番組を制作したのは違う会社なのでそちらへ聞いてみてくださいと言われた。そして制作をしていた会社の電話番号を快く教えてくれた。
早速、番組を制作していた会社に電話をかけた。
「もしもし、この前難病と闘う子供たちを特集する番組を見たものですが担当者様いらっしゃいますか?」
そう言うと
「少々お待ちください。」と言われ待つこと1分弱
「お電話かわりました○○です。」
「あの!この前難病と闘う子供たちの番組を見たものですがあの番組の最後に取り上げられていた○○君にどうしても渡したいものがあって、CDなんですが渡してもらう事はできないでしょうか?」
担当者の方は
「それはかいませかんがどちらの事務所のアーティスト様ですか?」
「あの…事務所にははいっていなくてインディーズの全然名もしれていない者なんです…」
俺はやっぱり渡してもらう事は出来ないのかなと思った。
でも担当者さんは
「そうですか。それでもかまいませんよ。それなら家の会社まで送ってください。ただし一度中身を拝見させていただきますが、それでもよろしいですか?」
「はい!大丈夫です!ありがとうございます!すぐに郵送します!」そう言って電話を切った。
すぐにCDと歌詞カード 手紙をいれて制作会社あてに送った
1日たってから制作会社の担当者の方から電話があり
「確認させていただきました。では○○くんに責任を持って届けさせていただきますね!」
そう言ってもらえて電話をきった
後は彼に届くのを待った。
いつも曲、歌詞ともある程度の時間がかかっていたのだけれど
MY DREAM YOUR DREAMに関しては不思議とメロディーも曲も歌詞も次から次へと湧き出てきて
あっという間にかけた。
そしてレコーディングをすぐ開始して3日後にはすべてが完成していた。
完成した楽曲をまず彼に届けるには番組を放映していたテレビ局に問い合わせをして彼のもとに出来上がった楽曲のCDを届けてもらえるかどうか電話で確認をした。
テレビ局では
番組を制作したのは違う会社なのでそちらへ聞いてみてくださいと言われた。そして制作をしていた会社の電話番号を快く教えてくれた。
早速、番組を制作していた会社に電話をかけた。
「もしもし、この前難病と闘う子供たちを特集する番組を見たものですが担当者様いらっしゃいますか?」
そう言うと
「少々お待ちください。」と言われ待つこと1分弱
「お電話かわりました○○です。」
「あの!この前難病と闘う子供たちの番組を見たものですがあの番組の最後に取り上げられていた○○君にどうしても渡したいものがあって、CDなんですが渡してもらう事はできないでしょうか?」
担当者の方は
「それはかいませかんがどちらの事務所のアーティスト様ですか?」
「あの…事務所にははいっていなくてインディーズの全然名もしれていない者なんです…」
俺はやっぱり渡してもらう事は出来ないのかなと思った。
でも担当者さんは
「そうですか。それでもかまいませんよ。それなら家の会社まで送ってください。ただし一度中身を拝見させていただきますが、それでもよろしいですか?」
「はい!大丈夫です!ありがとうございます!すぐに郵送します!」そう言って電話を切った。
すぐにCDと歌詞カード 手紙をいれて制作会社あてに送った
1日たってから制作会社の担当者の方から電話があり
「確認させていただきました。では○○くんに責任を持って届けさせていただきますね!」
そう言ってもらえて電話をきった
後は彼に届くのを待った。
少年との出会い
少年との出会いは
あるテレビ番組を母親が録画していたのを見たのがきっかけだった。
色んな難病を抱えている色んな子供たちを特集する番組。
母親は
これ見て見なと渡された。
部屋に戻り
ビデオを回した。
たくさんの色んな難病と闘う色んな子供たちが次から次へとそのビデオには映し出されていた。
そしてその番組の最後に取り上げられていたのが後に出会う少年だった。
少年の病名は
「骨肉腫」骨のがんだ。
その番組に映し出されていた少年骨肉腫で片足はなかった。
それだけではなく足に出来たがんが肺に転移して肺も3分の1切除しているという事だった。
番組は抗がん剤治療を鮮明に映し出していた。抗がん剤治療は恐ろしく辛い治療のようなのだが少年は笑顔を絶やさなかった。
それは看病をする母を心配させまいと思う彼の優しさだった。
当時彼は14歳
俺が14歳だったらこんなに辛い治療で笑顔でいられるのか?いや…きっといられないと思いながら番組を見ていた。
彼の父はペンキ職人さんだった。彼の夢は父のペンキの仕事を手伝いたいとうものだった。
だけど
番組の中で
彼の母はペンキの仕事を手伝いたいという彼に
それは出来ないという事を伝えなければいけない場面があった。
抗がん剤治療も笑顔を絶やさなかった彼
涙を流した事弱音を吐いた事などなかった彼がその母の言った言葉で初めて泣いた。
そしてあきらめてしまいそうな場面になった時
俺はテレビに向かって
気が付くと
「あきらめんなよ!!」って叫んでいた。
こんな俺に何か彼を少しでも元気に出来ないかと考えた。
彼にはどこか運命を感じたのかもしれない。
そして
楽曲をプレゼントする事に決めた。
そして制作にとりかかりはじめた。
あるテレビ番組を母親が録画していたのを見たのがきっかけだった。
色んな難病を抱えている色んな子供たちを特集する番組。
母親は
これ見て見なと渡された。
部屋に戻り
ビデオを回した。
たくさんの色んな難病と闘う色んな子供たちが次から次へとそのビデオには映し出されていた。
そしてその番組の最後に取り上げられていたのが後に出会う少年だった。
少年の病名は
「骨肉腫」骨のがんだ。
その番組に映し出されていた少年骨肉腫で片足はなかった。
それだけではなく足に出来たがんが肺に転移して肺も3分の1切除しているという事だった。
番組は抗がん剤治療を鮮明に映し出していた。抗がん剤治療は恐ろしく辛い治療のようなのだが少年は笑顔を絶やさなかった。
それは看病をする母を心配させまいと思う彼の優しさだった。
当時彼は14歳
俺が14歳だったらこんなに辛い治療で笑顔でいられるのか?いや…きっといられないと思いながら番組を見ていた。
彼の父はペンキ職人さんだった。彼の夢は父のペンキの仕事を手伝いたいとうものだった。
だけど
番組の中で
彼の母はペンキの仕事を手伝いたいという彼に
それは出来ないという事を伝えなければいけない場面があった。
抗がん剤治療も笑顔を絶やさなかった彼
涙を流した事弱音を吐いた事などなかった彼がその母の言った言葉で初めて泣いた。
そしてあきらめてしまいそうな場面になった時
俺はテレビに向かって
気が付くと
「あきらめんなよ!!」って叫んでいた。
こんな俺に何か彼を少しでも元気に出来ないかと考えた。
彼にはどこか運命を感じたのかもしれない。
そして
楽曲をプレゼントする事に決めた。
そして制作にとりかかりはじめた。