??「川崎くん、ちょっといいかしら?」


来た。やはり来た。恐れていた事態が。さり気なく眠ったフリをしていたオレの元へ、ヤツがやってきた。内なる心と現実社会について向き合っていた(うたた寝をしていた)オレを呼び覚ます悪魔の登場だ。脳内ではショスタコーヴィチ作曲の交響曲11番が流れている。魔物に追いかけられ逃げ惑う人々、世界の終わりを告げる絶望感が巧みに表現された、今のオレにピッタリの一曲だ。目を閉じていても分かる。オレの隣に立ち、奴隷の目覚めを今か今かと待ちわびる悪魔のただならぬ気配が・・・。さて、奴隷としてこの状況をどうやって打開したものか・・・。危機回避のため、脳内コンピューターをフル稼働させ、瞬時に答えを導き出す。結論・・・聞こえないフリを決行だ。名付けて『嘘寝』作戦。これでやり過ごす。優しい女の子なら『もう、しょうがないなぁ、起こすのは可哀想だから許してあげる☆』って具合で見逃してくれるはずだ。あるいは『・・・起きないとキスしちゃうぞ?チュッ』とかいうパターンでもオーケー


ヤツ「今から3秒以内に起きていることを申告しない場合、制裁を加えることにするわ」


川崎「・・・何だよ制裁って」


一秒にも満たない間に嘘寝作戦は看破され、オレは武力による脅しに屈する。それでも顔をあげなかったのは、せめてもの抵抗だ


ヤツ「ほら、やっぱり起きていたわね」


川崎「お前を怒らせると怖いことは、もう十分理解している」


ヤツ「それは良かった。じゃあ少し時間を貰える?」


川崎「・・・嫌だと言ったら?」


ヤツ「そうね・・・拒否権などありはしないけど、私は非常に不機嫌になるでしょうね」


ヤツはそれから、と更に続ける。


ヤツ「不機嫌になると、今後川崎くんの学校生活にも大きな支障をきたすことになるわ。そう、例えば椅子に無数の画鋲が仕掛けられていたり、トイレに入っていると真上から水をかけられたり、時にはコンパスの針が刺さったり。そういう類の現象が、ね」


川崎「それはただの嫌がらせ、もとい虐めじゃねえか!しかも最後のが妙にリアルというか、すでに刺された覚えがあるんですがね!」


オレは、机に俯せていた状態から仕方なく身体を起こす。真横から長い黒髪をなびかせ、美しくも鋭い瞳をした少女がオレを見下ろしていた。彼女の名前は神徳藍子(しんとくあいこ)。糀谷(こうじや)高等学校1年Dクラス、オレのクラスメイトだ


神徳「安心して。さっきのは冗談よ。真上から水をかけたりなんてしないもの」


川崎「肝心なのは画鋲とコンパスの部分なんだけどな!これを見ろこれを!まだ刺された後が残ってんだぞ!一生の傷物になったらどう責任を取るつもりなんだ、え?」


オレは右腕の袖をまくり、刺された跡の残った二の腕を神徳の眼前に突き出す


神徳「証拠は?」


川崎「え?」


神徳「だから、証拠は?あなたは証拠もないのに私が犯人だと決めつけているの?」


確かに証拠はない。針を刺せる距離にいたのは隣の席の神徳だけで、チクッとしたあと確認したらコンパスを手入れしている神徳の姿を見たが、決定的とは言い難い・・・。って、今はそのことよりも確認しなければならないことがあるんだった。


川崎「やっぱり手伝わないとダメか?改めて考えてみたんだが、やっぱり」


神徳「ねえ川崎くん。苦しみながら後悔するのと、絶望しながら後悔する。あなたはどちらが好みかしら?嫌がる私を強引に引き戻したのだから、その責任は然るべくして負わなければならない。そうでしょう?」


神徳らしい不条理な二択を突き付けられる。どうやら途中下車は認めて貰えないらしい。この悪魔と契約したオレの判断ミスだ。諦めて従うことにした。


川崎「・・・それで、オレは一体何をどうすればよろしいんでしょうかね?」


戦々恐々としながら尋ねる。もはや何を要求されたところで驚きはしない。全く、どうしてこんなことになったのだろう、と嫌でも思い返してしまう。この少女と出会ったのは今から丁度2ヶ月ほど前。入学式当日のことだったか・・・


〜Fin〜