ウッ、オッホン…。
「皆さま、こんにちは
古代ローマの最高神、ユピテル(ゼウス)です」

こう見えてワシは、かしこまった挨拶が苦手でのう。割と緊張しいで、焦ってしまうんじゃ。
特に、寄り道などな…。

こんな時、正直者の最高神は、どうなるか?
直ぐに、体に反応が出てしまう。両方の手のひらに、びっしょり汗をかいてしまうんじゃ。

倫太郎によると。
多汗症、手掌多汗症と言うそうじゃな。まあワシは手掌なので、軽い方だろう。

多汗症の場所と程度によっては、治療が必要な方もいるそうだから。
なかなか繊細な、問題だのう。
 
しかし流石のワシも、今日はハンドタオルを片手に続ける。これで手汗は、ノープロブレム!

亜子がプレゼントしてくれた、大のお気に入り。
金色のハンドタオルはお守りじゃ…ホホホッ。
 
実は、作者のAkitoに頼まれてのう。ブログを再開する切っ掛けを、ワシがプレゼンする。

「では、宜しくお願いします」

ナニ、単純な動機だ。
物語のまとめが、「最初の山」を越えたからじゃ。序章から、第一章の初めだな…。

まあこれを機に、ブログも本編の内容と合わせた方が良い。
ワシは、アドバイスしたんじゃ。
 
Akitoは題名をはじめ、細部の設定を変更した。これには神々も、一役買っている。

 「女神ウエスタ・巫女の家」で開かれる、定例会議で、神々もアイデアを出した。


タクシー・バタフライに乗り、ローマへ時空を超えてきたAktioも、会議に出席した。

 
「まず、題名んなじゃが。わたしたちは魂のメディカル・スタッフ…。こちらの方がしっくりすると思わんか?冒頭は、ひらがなの方が良かろう。声に出してみると、発音も柔らかい」

神々と、生まれ変わりを繰り返す魂は、永遠に存在するからのう。性質は似ている。
「わたしたちは魂の…」で、意味するところは、伝わるだろう。

「賛成です、前回の題名よりも。イメージしやすいでしょう。ひらがなは、見た目も優しく感じますよ」
 
ワシのアイデアに即答したのは、書記のナルキッソスじゃった。
満場一致で、採択した。
 
続いてマルス(アレス)が、挙手した。

「古代ローマの神々と女神も、ローマ名表記が相応しいだろう。確かにギリシャ語や英語の方が、浸透している。
こちらの呼び名が、親しみやすいな」

珍しくマルスは、力説した。

「しかしイタリアは、観光地だ。
神殿の名前を始め、ローマ名表記は旅行にも便利だ。神殿は、見所の一つだ」

マルスの気迫の籠る意見と姿に、ごもっともです。Akitoは何度も、頷いてみせた。

なんせ彼女は、フィレンツェ歴史地区か、ローマ付近で暮らすのが、夢らしい。
マルスはそれを見越して、アドバイスしたんじゃな。

特にフィレンツェは、芸術の都。
オペラ「ジャンニ・スキッキ」の舞台でお馴染み、ヴェッキオ橋があり。
橋の二階部分、回廊は、ウフィツィ美術館とピッティ宮殿を繋いでいる。

夢が実現する頃には。Akitoのイタリア語も、進歩しとるじゃろ。
カプチーノ下さいだけじゃ、生活は出来んぞ…。ちなみにイタリア人は、食後はエスプレッソが基本だ。ボリューミーな料理のあと、スッキリするからじゃ。
 
余談は、さて置き。
続いて女神ウエスタの補佐、ケンイチがアイデアを出した。
いいや、作者Akitoの背中を押した。

「登場人物の設定も、迷ってないで。思い切って変更した方が、いいでしょう。例えばお寺の次男坊、山野一太さん」

ケンイチの正確で早い仕事振りは、親友ヨナス・バリーニと似ている。
指摘も的確じゃ。

「さすがケンイチさん、図星です。随分前から、消化器外科医師へ、変えたかったんですよ」

こんな訳でのう。
会議を終え帰宅したAkitoは、納得したのだろう。作業に、没頭しておるんじゃ。

もっか彼女の脳内は、メラメラ燃えている。
本編の序章に登場する、女神ウエスタの焔のようにな。

まあ記念すべき処女作の完成まで、時間はかかりそうじゃ。
だから、ブログで短編を綴るのは、気分転換やヒントになるからもってこい。
ワシは、そう勧めたんじゃ。
 

「ゴホンッ!」

では改めて。


「我ら古代ローマの神々と彷徨う魂、そして人間が繰り広げる、時空を超えた広大な物語を。
どうぞ宜しく、お願い致します」
ワシは、頭を下げた。

よし、無事にプレゼンを終えた。
フム、やはり手汗は酷いのう…。

舞台袖に向かいながら、チラッと手の平を確かめる。ライトに汗が反射して、キラッと光った。
亜子がプレゼントしてくれた、タオルは大助かりじゃ。

「貴方、お疲れ様」
「おおっ、緊張した」

まっ妻、貞淑の女神ユノ(ヘラ)には怪しまれん。寄り道では無いからな。

彼女はユピテル神殿の舞台袖で、ワシの晴れ姿を見守ってくれた。

嬉しいのう…。


「では皆さま…物語の続きを、お楽しみ下され」

ワシは、ご機嫌だ。

オペラ、ジャンニ・スキッキの最後のセリフを、ちょいと真似て、呟いてみた。




2016年8月 東京郊外


3代目ローマ皇帝ガイウスと恋人のミラは、当院「きさらぎクリニック」を受診した。


女性剣闘士ミラは、皇帝ガイウスよりも90年近く後の時代に、活躍した。

最後の五賢帝、マルクス・アウレリウス・アント二ヌスの統治下だ。

 

二人の登場は、俺たち「魂のメディカル・スタッフ」に、三つの驚きをもたらした。

 

一つめ。

ガイウスはミラと共に、およそ1975年もの間、昇天せずにいたこと。約2000年だな。

 

驚いた理由、二つめ。

ガイウスは成人男性には珍しい、抜毛症を発症。頭髪だけでなく体毛も抜いて、飲み込んでいた。結果、胃石を形成してしまった。

ミラは重度の低血糖症状を、起こしていた。

 

三つめの驚きは、胸が熱くなった。

二人が不慣れな現代医療を頼り、病気の治療に踏み切った理由だ。


剣闘士養成所跡や、彼らの埋葬地、円形競技場など。かつてローマ帝国を湧かした、ファイターゆかりの場所へ鎮魂、巡礼の旅に出るためだった。

 

ガイウスは、月曜日に胃石除去術を終えた。執刀は市民病院の消化器外科医師、山野一太だ。

俺たちの仲間、魂のメディカル・スタッフだ。


術後4日目、合併症もなく順調に回復している。

精神科のフォローも入り、抜毛症の治療も開始した。

 

「お寺の次男坊は、しょっちゅう般若心経を呟いているな。私は暗記してしまった😆

皆さん。ミラのフォローを、ありがとう」


ガイウスからは絵文字付き、ライン・グループ・メールが届くようになった。

彼のユーモラスな一面を、垣間見るようだ。

嬉しくもあり、ホッとするが。


もっかクリニック・チームの俺たちが、確定診断を急ぐのは。

低血糖発作を繰り返す、ガイウスの恋人、女性剣闘士ミラだ。


と言うのも、なかなか難しい症例だ。

当たり前なんだけどさ…。

誰も剣闘士の体を、治療した経験はない。


失礼を承知で、だからこそ。

ガイウスよりも、慎重に進めねばいかんのよ。


「ミラは現病歴の他に。既往歴は、無いと自覚しているようなのだけど…」

「既往歴イコール、仕事時の外傷ですよね」

最年長医師、ベテラン賢一郎先生と、直人さんの意見は、もはや阿吽の呼吸。


「現役時代の彼女の手掛かりが、少しでも残ってないか。念のため、ヨナスへ確認してみますわ」

裕樹は、可能性はゼロに近いと分かりつつ。

ローマのバリーニ本家へ、連絡してくれた。


ミラの骨格筋、および臓器と栄養血管の状態など、精密検査は必須だ。

過去の外傷が、幾つか判明するだろう。


ただ彼女は不慣れな現代医療に、やはり恐怖心を抱いている。

密閉空間で行う検査の前に。現病歴については、あらかた診断を付けておく必要がある。


そんなミラは。

今年に入り、軽い低血糖症状を自覚した。

冷や汗、フラツキから、それは始まった。


現役時代の彼女は、炭水化物や野菜、果物中心の食生活だった。脂肪をつけて骨格筋や内臓、神経を保護したそうだ。


しかしイタリアは、食の国だ。現在は、割とフリーに食べていた。

彼女も低血糖発作を防ぐため、お菓子などの摂取量も増え、体重は6キロ増加。


それでも低血糖症状は、進む一方だった。

当院へやってきた際、血糖値はLow。

意識低下を、伴うほどだった。


さて昨日の金曜日だ。

お昼の12時から、ミラの24時間絶食検査を、在宅でスタートした。


場所は、神々のヴィラ(別荘)だ。

長谷川真紀子さんと、伝令の神さまメルクリウス(ヘルメス)の住まい。


初診で担当してくれた賢一郎先生と、美月クリニック院長、直人さんのナイス・アイデアだ。

ヘビーな検査を受けるにあたり、キーパーソンの揃う友人宅は、ちょうど良いだろう。


この検査は、低血糖が起こる事が前提だ。

同時に血糖値や、血中のインスリン値などを測定していく。


これらのデータが糖尿病の種類や、糖代謝に関わる病気の診断基準、この一つになる。


もちろん電解質などを含む点滴を、持続的に行う。補液により、体全体の機能を維持する。


さて日付は土曜日、午前0時を回った。
ここまで検査は、順調に進んでいたのだが。

ミラの全身状態が、急変した。

「倫太郎、亜子…起きてっ!普通に、寝ていたはずのミラが。むっ、虫の息よ!」
 
第一発見者は、交代で起きていた美の女神ウェヌス(アフロディーテ)だった。
明らかに動揺した、女神の甲高く震える声が、メダイ・コールから響いた。

亜子と俺は、反射的に目が覚めた。
ベッドから、飛び出した。

「目は開いている、でも、アタシを見ないし。息が浅くて、このまま昇天しそうなの」
ウェヌスは早口で、捲し立てた。

「ウェヌス、落ち着いてください。まず血糖値を測定して下さい」

伝えながら、ミラのバイタルサインを確認しなければいけない。
どの位を、維持できているだろう。
ミラー・モニターには、ミラのリアルな状態も、映っているはずだ。

ベッドの左側、サイドテーブルに置くミラー・モニターへ視線を移す。同時進行で、予め準備していたユニフォームへ着替えるが…。
 
「うわっ、なんてこったい」

俺はスクラブに袖を通しながら、思わず叫んでしまった。


魔術の貴公子、ナルキッソスの傑作「ミラー・モニター」が…なぜ、壊れた?

八角形の普通の鏡に、戻っているではないか!!


「満月は、ええねんっ!肝心なミラの状態を、映してくれーっ。おーいっ!」


拳で鏡をトントン、軽く叩いてみた。

反応なぞ、あるわけなかろろう。


「コトン…」

俺は虚しく、鏡をテーブルへ置いた。


焦りで脇の下から、汗がジワっと滴り落ちる。それがスクラブへ、染み込んでしまう。

ミラの急変の原因を、仄めかすようだ。

気持ちの良い感覚ではないな。


「鏡には、心電図モニターどころか。ミラの全身状態も映ってない。
故障の原因は、何かしら」

亜子も眉間に皺を寄せながら、首を捻る。彼女は手掌の汗を、花柄のハンドタオルで拭いた。

しかし着替えは、完了した。
出発準備の整った俺たちは、カチャッと医療者モードの、スイッチが「完璧」に入った。

急変時に付随するハプニングは、ままある事だ。

「亜子、出発だ」
「倫太郎さん、了解」

亜子は薬品ケースの取手を、ハンドタオルの上から掴んだ。
俺は往診バッグを背中にしょいながら、お互い目を合わせた。

冷静さを取り戻し、頭を切り替えた。ミラの急変の原因と、対処方法も、幾つか浮かんだ。

「ウェヌス、直ぐに血糖値を測定して。そして他のメンバー、誰でも良いです。
ミラのバイタルサインを、測定して下さい。
値は直ぐに、コール・バックして下さい」

「そちらへ向かいながら、対処方法を伝えます。どうぞ、落ち着いて下さい」

おそらく女神ウェヌスの声で、仮眠中だった他のメンバーも、目が覚めているだろう。
寝室を出て、玄関へ急ぐ。

「ハアッ…ハッ…。そうよね、ソクテーしなきゃ。アタシは、チカラにー、ならない。ハアッ、ハッ…」

おやっ?
スニーカーを履きながら、気が付いた。

メダイコールから聞こえる、ウェヌスの様子がおかしいぞ。呼吸が促迫して、言葉が不明瞭になってやしないか?

玄関に鍵をかける亜子も、左手でメダイコールを持ち、耳元に近づけている。
女神の全身状態を、聴覚だけで確認する。

「ウェヌス!跪いて、どうしたの?」
「ミラと同じくらい、アナタも変よ!胸を押さえて、苦しんでいるじゃない!」

しまった。
急変の第一発見者、女神ウェヌスもダブルで急変だ!
ミラの突然な変化を、目の当たりにして。驚きのあまり、パニックに陥ったのかもしれない。

知恵の女神ミネルヴァ(アテナ)と、真紀子さんも、さすがに取り乱している。
二人同時は、誰だって驚くな。

「ミラとウェヌス、手分けをして、フォローして下さい。意識低下しているミラは、血糖値と血圧を測って下さい。呼吸はしていますね?
できれば詳しく、症状を教えて下さい」

俺の頭は、ますます冴えてきた。
患者さまの状態を判断するにあたり、必要な情報が、優先順位を付けて浮かんでくる。

「ウェヌスの状態も、具体的に教えて下さい。
私たち、数分で到着します。二人の対処方法を、移動しながら伝えます。大丈夫です、落ち着いて下さい」

何度も言うけど。
急変時は案外と、色々な事態が重なりやすい。

そうそう、若かりし頃の直人さんは、鍵の掛かったトイレだった。患者さまはトイレの中で、意識消失していた。しかも自動ドアでは、無かった時代なのよん…。


「了解。俺たち三人で、手分けする。コール・バックするから、指示を宜しく!」
「はい。お願いします」

メルクリウスの簡潔明瞭な返事に、亜子がキビキビと答えた。

マンションの部屋は三階だ。
直近の階段を、早足で下った。

実はこんな時のために、この部屋を選んだ。

駐車場は、エントランスの目の前だ。
俺たちは、マイ・カーに駆け込んだ。
紺色の、ミニバンだ。

急ぐから、安全運転も第一。
俺がハンドルを握る方が、無難だ。
直ぐに、発進した。

ナースは患者さまや、ご家族の指導に慣れている。亜子も具体的な対処方法を分かりやすく、相手のペースに合わせて、伝えてくれるだろう。

助手席に座る彼女に、これは安心して、任せられる。

「ウェヌスの状態だ。ハアハア、短い呼吸を繰り返している。背中を丸めて、額から汗を流している。周りの声は耳に入らないのか、促しても深呼吸すらできない。
短い呼吸を繰り返して、余計に苦しくなっているな。パニック状態に陥った、感じだ」

「ミラの血糖値は、Lowだ。血圧は上が80、下が50だ。脈拍は78回。呼吸は間伸びする感じで、確かに浅い。
全身、ぐっしょり汗をかいてる。パジャマはびっしょり濡れて、肌も冷たい。
目は開いているが。声を掛けても、天井を見つめたまま、反応しない」

幹線道路に出たところで、具体的なコール・バックを受けた。聞きながら、二人の急変の原因が、およそ掴めた。

「マルス、ウルカヌス。どうもありがとうございます。倫太郎さんの指示を、私が伝えますね」
 
ハンドルを握る、横目でも分かる。
幾分、表情の和らいだ亜子が返事をしながら、エアコンのボタンを押してくれた。
すっかり、忘れていた。

メダイ・コールに聴覚を集中していた、窓も開けてなかった。
全身は、汗だくだった。



お時間を割いてお読み下さり
どうもありがとうございました

ボチボチ、更新しようと思います
どうぞ宜しくお願い致します

物語の先が気になるのは
実は、作者の私だったりします
写真 文 Akito

参考図書

メディック・メディア
病気がみえるVol.3

河出書房新社
杉全美帆子
イラストで読む
ギリシャ神話の神々